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「…ちょっと、人が凹んでんのに何笑ってんの」
「景衣ちゃん、馬鹿だなあと思って」
「……あんた、殴られたいの」
「いや、普通にキスしたい」
「、は…?」
パソコンを操作していた景衣は、隣で俺が吐き出した最後の言葉に、面白いくらい急に全ての動きを止めた。元々大きな瞳を最大限に開いて、こちらを見向くその一瞬の隙を逃すことなく、後頭部に手を回して唇に噛みついた。
「……じゃ、邪魔しないでって言ってるのに」
「お前がテスト受けてる間は大人しくしてただろ」
「一芭も、そろそろ準備しなくて良いの」
「あー、しないとまずい」
「…ちょ、」
所在なさげに彷徨う腕を引っ張って、俺の首に回すよう誘導しながら景衣の言葉を遮るようにまた唇に触れる。女からの問いかけに対する答えと、今まさに自分が取っている行動の裏腹さが滑稽ではあるけど、仕方ない。
何度か強く重ね合わせたそれを離して、鼻先を触れ合わせたまま至近距離で目を開けると、ゆっくりと息を吐き出す景衣の瞳が、おそらく意図せず潤んで揺れていた。
「…つか久々に会った彼氏に向かって、“邪魔“って何事だお前は」
「ひ、久々に会うから、出だしをどういう態度にすれば良いのか、迷うんでしょ」
「いつになったら慣れんの」
頬を指の背で丸く撫でながら微かに笑う。
電話ではなく、こうして向き合って景衣に触れるのは春休み以来、かれこれ3ヶ月ぶりくらいの再会になる。景衣が俺の部屋に来るケースもあるが、長期休暇の中の僅かな部活の休みを利用して、俺が帰省するタイミングで会うことの方が多い。
――その中でも、今回の帰省は少しイレギュラーではある。
「……景衣?」
この女が促す通り、そろそろ俺は“今回の帰省の目的“である約束の時間が差し迫っている。このまま景衣に触れていると、離せなくなりそうだと腕の中にいる女を開放しようとした瞬間、首に回っていた細腕に力がこもるのが伝わる。仄かに甘さのある、昔から変わらない景衣の香りが鼻腔を擽った。
「迎え、行けなくてごめん。一芭おかえり」
小さな呟きを俺の耳元で落として、頬に唇を軽く落とした後、再びしがみつくように抱きついて来る景衣は
もはや自分の顔を見られないように、この体勢を選んでいるような気がする。
「……やばいな」
「な、何が」
「押し倒しそう」
「馬鹿じゃないの」
俺の発言にはしっかり突っ込んで来るところも、昔から変わらない。
実家で流石にこれ以上のことをする気はないけど、お前が煽って来るからだろうがと言ってやりたい。
でも、腕の力を緩めて安定の顰めっ面を携えた女の頬が、自分の行動により、想像以上に赤みを帯びている。油断した隙にもう一度キスをすると、悔しそうに目を細める景衣に笑った。
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