不器用男の、講演会デビュー

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◻︎ 「よう、一芭」 「……あ、管理人がさぼってる」 「バーカ、サボりじゃなくて休憩な」 「ほんとかよ」 見慣れた1階のエントランスを出ようとしていると、コンビニの袋を下げたスキンヘッドの男と対峙した。 さほど日差しも強くない今日のような日でも、この男はサングラスをかけていることが多く、ヘアスタイルや無駄な高身長も相まって威圧感が凄い。 「そっか、お前今から高校の後輩たちに“ありがた〜いお話“、しに行くんだっけ」 「…なんでそんなことまで知ってんだよ」 「お前の母ちゃんがこの間、嬉しそうに管理人室の前で景衣の母ちゃんと話してたけど」 「盗み聞きすんな」 「失礼なこと言うな。ちゃんと俺も正式に井戸端会議に参加してたっつの」 「何参加してんの」 この男は、住人たちの事情を把握しすぎでは無いだろうか。疲弊を表すかの如く長い息を漏らす俺と対照的に、男は楽しそうに空気を震わせた。 【進路講演会 出席のご依頼】 高3の時の担任から、そんな件名で連絡が来たのは数週間前のことだった。部活後に気づいて内容を確認すると、「これから本格的に受験期を迎える今の3年生に向けて、部活と両立させて受験を乗り越えた経験談を卒業生として話して欲しい」という依頼だった。 丁度、試合を終えたばかりで部活の休みと日程がかぶっていたことと、後は、あの女の顔も見られるからと安直かつ邪な気持ちを持ち合わせて帰省した。 そして、今からその“講演会“とやらのために母校へ向かう。 「…お前大学卒業したら、こっちに帰ってくるつもりなの?」 持っていた袋の中の炭酸水を取り出してキャップを開ける動作に視線を落としながら、とても軽い口調で男に尋ねられた言葉に、体が固まる。 これも、どうやらうちの母親から聞いたらしい。あのババアは、なぜこんなに口が軽いのか。
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