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不器用男の、ルール違反検挙(フェイク)
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「……まじか」
小学校のグラウンドの側に設置されている、年季の入った手洗い場で1人呟いた言葉がポツンと静かに落ちた。
恐る恐る無惨に転がるシューズを手に取るとべしょべしょに濡れている挙句、ご丁寧に泥までぶっかけてくれているらしい。茶色く汚れた水が靴から幾度となく垂れていく様を数秒間見つめて、大きく溜息を吐き出した。
――油断、していた。
誰の仕業かは、あまり深く考えなくても分かっている。
『お前、バレーなんかやって調子乗ってるらしいな』
昼休みにクラスの奴らと遊んでいる時、体育館まで態々やってきた"大将"に声をかけられたのは、つい先日のことだ。
同い年だが、小6とは思えないほど身長がデカくてよく目立つ尾山は、態度もデカくて子分をよく従えている様から「お山の大将」を引用して、なんの捻りも無く、大将と呼ばれている。
本人も満更では無いらしい。
週に3日ほど、放課後に通っている“ジュニアバレーチーム“が先日、地区大会で優勝を果たした。レギュラーメンバーとして所属する俺のことを全学年が揃う朝会で態々、うちの担任が報告したことが、どうやらこの男の癇に障ってしまったらしい。
全力で知るかよ、と言いたい。
『…別に、調子乗ってないけど』
“バレーなんか“という発言にも既にそこそこ引っかかりながらも、波風を立たせるわけにはいかない。
というか、面倒なので関わりたくない。
今日はもう教室に戻るかと、「じゃあ」と切り上げようとしたところで大将のデカい手に腕を掴まれて瞬時に痛みが走る。こいつ、どんな力してんだ。
『今から俺と勝負しろよ。俺のサーブ、受けてみろよ』
…いや、なんでだよ。
鼻息を荒くして俺を見下ろしてくる男に、心底嫌そうな顔をすると「なんだ、ビビってるのか?」と見当違いを重ねられてより一層疲弊する。
その間も、なんだなんだと大将の声のデカさのせいで、クラスメイトを中心としたギャラリーが囲う形がとられ始めた。
『チーム入ってるかなんか知らねーけど、こいつ俺に勝つ自信ないんだと!だせえなあ』
周りの子分たちの嘲笑を煽るかのような発言にさえ、冷めた目を向けてしまう。本当に面倒だけど、これ、どうすんだ。早くチャイム鳴ってくれないかと体育館の時計を見やるとまだ5分以上余裕がある。いつも遊んでる時はあっという間のくせに、どういうカラクリなのか。
溜息を吐いて、なんとなく視線を横にずらした時だった。
『(……なんでお前も居んの)』
ギャラリーの中に、少し不安げにこちらを黙って見つめる隣のクラスの筈の景衣の姿も、難なく発見してしまった。どうやら、ギャラリーはクラスメイトを超えてしまっているらしい。
何か言いたげで、でも周囲を気にしているのか微動だにせずこちらをただ一心に見つめる眼差しに気づいて、また息を吐き出す。
『…分かった』
内心で「おい」と自分につっこみながらも、結局くだらない誘いにまんまと乗ってしまった。
――しかも、大将渾身のサーブを受け止め、なんなら試合と変わらないスピードをボールに乗せて打ち返し、コート越しに立っていた大将に尻もちをつかせてしまったのは、紛れもなくあいつのせいだ。
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