【悲報】閉じ込められました。

4/8

1538人が本棚に入れています
本棚に追加
/174ページ
そこまで考えて、そうだ、こいつはもう一足先に受験戦争を終えたのだと実感する。 ――それと同時に、思い出してしまった。 『景衣ちゃん毎日遅くまで偉いわね〜〜!』 先週の金曜の夜、塾から帰ってきてマンションの駐輪場に自転車を停めていた時、声をかけてきた人物は、暗がりの中で微笑んだ。 笑うとあいつによく似てるなあと思って、違うわ、あいつが似てるんだと思い直す。何時間も缶詰め状態で過去問に向き合って疲弊しきった身体の力が抜けて、ふと自分の口角が自然と上がるのが分かった。 『あいつは、推薦で決まってるし、どうせ部活に顔出してんでしょ?』 『そうよお。もう引退してるくせに毎日行ってるし、後輩のみんなの邪魔して何やってんだか』 『大丈夫だよ。あんなんだけど、後輩からは、ちゃんと慕われてるみたいだから』 「景衣ちゃんがそう言ってくれたら安心できるわ」と両手が買い物袋で塞がっている彼女の代わりにエントランスに先に入って、エレベーターのボタンを押す。 『昨日ね、新しい部屋を決めてきたの。まだちょっと早いかなって思ったけど、良い物件はすぐ埋まるって言うしね』 『………そう』 『景衣ちゃんとは幼稚園の時からずっと一緒だったけど、いよいよ離れるのね……実感が湧かないわあ」 "実感が湧かない" 「そうだね」とその場で笑顔が引き攣りそうになるのを必死に隠して同調した時も、彼女との会話を思い出している今もずっと。瞼の奥は容赦なく熱され続けて、何かが溢れてしまいそうな衝動を抱えている私は、本当は、痛いほど分かっている。 ――離れる時が、刻一刻と迫っている。 鮮明な映像として記憶されている、憎たらしいことばかり口にする男の後ろ姿が外階段の方へと去っていく今日の光景。遠ざかるシルエットが、まるでこれから訪れる別れの予行演習みたいだと思い知って、心臓は簡単に抉られた。 たった1人きりのエレベーターの中、スマホの画面に視線は向けているけど、ぱたぱたと瞬きを増やすだけで指は止まったままだ。男が送ってきた変なクマのスタンプには、まだうまく反応を返せていない。既読、つけなきゃ良かった。
/174ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1538人が本棚に入れています
本棚に追加