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「なーんで、わざわざうちのベランダで洗うんだよ」
「なんとなく。このまま一日、此処で干させて」
「おい、うちのオシャレなベランダの景観が、ガキの靴で損なわれるんですけど」
「誰も見にこねーから良いだろ」
「お前、放り出すぞ」
ベランダの端でしゃがむ俺の直ぐそばに仁王立ちする男が、心底面倒な顔をしている。そのくせに溜息を吐きながら、シューズ用のクリーナーを渡してくるから
この男が「お人好し」だと言うことはよく分かった。
チーム練習が終わって、いつもなら空腹を抱えて真っ先に家に向かって階段を駆け上がるが、今日は違った。目当ての人物が管理人室に居なかったから、もう自室に戻っているのだと思い、1階のとある部屋のインターフォンを勢いよく鳴らした。
『え、何』
『ちょっと、ベランダを貸してほしい』
一重のつり目が、今日は絵で描けそうなくらいに丸くなっていた。袋に入った靴を抱えて事情をちゃんと伝えると、大きなため息と共に招き入れてくれた。
「…ほんと、住み込みの勤務形態を後悔してる」
「なあ、カン。このクリーナーあんまり汚れ落ちないんだけど。ふりょーひん?」
「文句言うな。後、その呼び方もやめろって」
今日も勿論スキンヘッドのいかつい男の本名は、岩倉 織夜というらしい。
この男の車に傷をつけてしまってから数年。あれ以来、顔を合わせると話をすることが増えて、景衣も含めて、関係性は相当変わったと思う。
『岩倉、なんか似合わないね。カンちゃんの方が可愛い』
『カンちゃん?』
『管理人の、カンちゃん』
満足そうに笑う景衣の単純な命名により、俺もそう呼ぶことが普通になってしまった。この男も文句を言いながらちゃんと呼び名に反応するから、結局受け入れている気がする。
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