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「――お、いたいた。一芭、景衣」
「……は?」
「カンちゃん!!!」
前方からよく聞き慣れた声が耳に届いて、思わず顔を上げる。そこには、確かに顔馴染みの、そしてこの場所には全くそぐわない男が立っていた。
「…何やってんの」
「え?お前らのお迎え?」
グラウンドの景色に浮いたスキンヘッド・サングラス・黒のスーツという一見危ない職に就いていると疑われても仕方のないような長身の男は、やけに口角を楽しそうに上げながら近づいてくる。
「カンちゃん、本当に来てくれた」
「うん、本社での打ち合わせ行ったついでな。もうクラブ活動とやらは終わったの」
「……なんでカンが迎えに来んの」
俺とは違う反応を見せる景衣とカンの会話についていけず疑問を正直に口にした途端、男はいつものようにぐりぐりと俺の頭を撫でつける。
「まあ、それは後でな」
「はあ?」
「――それより後ろの君は、一芭達のお友達?」
子供扱いばかりしてくるカンの手を振り解いていると、男は俺たちより少し視線を遠くに投げて問いかけた。後ろを振り返れば、さっきまで俺たちに怒って後を追いかけてきていた筈の大将が、なんとも間抜けな顔で棒立ちしている。
「あれ。質問、聞こえてなかった?」
カンが意図せずとも醸す威圧感のようなものに怖気づいているのか、言葉を何も発さない大将に容赦なく質問が重なる。
「昨日、一芭が大事にしているバレーシューズが酷い扱いされてたみたいで、犯人探すために此処まで来たんだけど。君、何か知ってたりする?」
声はいつもの如く、飄々としたゆるさがあるのにどこかピリついた雰囲気が崩れないのは何故なのか。カンは、そのまま俺たちを通り過ぎて長い足で数歩、大将へと近づいた。
「……し、りません」
先ほどまでの威勢の良さを完全に失った大将は、青ざめた顔のまま掠れた声で漸くカンの問いかけに返事をする。「そうだよなあ」と特に掘り下げずに軽く肯定した男は、ゆっくりと腰を折りつつ大将に視線をしっかり合わせる。
「俺、一芭の友達だからさあ。もし見つけたら地の果てまで追いかけて、俺と同じ髪型にしてやろうと思ってたんだけど今日は諦めるか。“尾山君“、もし何か分かったら俺に教えてくれる?どんなことでも良いよ。全部、まずは俺が聞くから」
…どんな脅し文句だ。心で突っ込んでいると隣の景衣も「うわ、カンちゃんと同じ髪型は嫌だ」と、小さく呟いている。
そして、何故あの男は尾山という本名まで知っているのか。そこまで聞き終えた大将は、顔色の悪いままに
俺と景衣に向かって「また来週〜!!」とサザエさんのような言葉を残し、そそくさと再びグラウンドの方へと走り去ってしまった。
「……さ、帰るか。俺ちょっと先生たちに事情話してくるから、お前ら荷物持って先に車に戻ってな。校門のとこに停めてる」
「分かった、一芭行こう」
こちらに向かって伝えた男の言葉になんの疑問も持たず、俺の腕を引いてズンズン先に進む女の背中は、やけに綺麗な姿勢を保っていて。
この展開の流れに疑問しか生まれない頭の中でも、それだけはしっかりと目に焼きついた。
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