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「……お前、また身長伸びたな」
「いきなり、何」
「おっきくなったなって、お兄さんは感動してんの」
「白々しいんだけど」
「一芭。――まだ、難しい?」
壁にもたれかかったままこちらへ質問を投げる男と、いつの間にか俺は目線が変わらないくらいの背丈になった。
『…お前、大学卒業したら、こっちに帰ってくるつもりなの?』
先ほどから、記憶を辿らせるような誘導をしながら、それでいて“これから“のことにも触れてくる厄介な管理人は、真っ直ぐに俺を捕えたままだ。
「……お前の歳で、将来について綺麗な答え出してる方がびっくりするよ」
「……、」
「正直に言えばいいんじゃないの。昔も言ったけど。“問題を解決する方法を、1人で抱えること一択にするな“。一芭君は、この意味まだ理解できてねーの?」
――あの時、既にカンから話を聞いていた母親と姉に、改めて全てを話す羽目になった。
『よし。そいつの家、今からかちこみ行くか』
『馬鹿、なんで莉々が行くのよ!!おとなしくしてなさい!も〜〜一芭、あんたもそういうことは早く言いなさい!!』
黙っていたことに対してこっぴどく叱られたし、教師達が見守る中で大将の親からも謝罪を受けるという、そこそこの大ごとだった。その後、カンに出会ったことで既に戦意を喪失していたのか、大将が俺に何か仕掛けてくることは無かった。(むしろ顔を合わせると、暫くの間は不自然な敬語を使われるようになってしまった)
『……私、約束は破ってないよ』
『は?』
そして、いつもの階段の踊り場であのクラブ活動の後、初めて待ち合わせをした景衣は少し気まずそうに目を逸らして小さな声で呟く。
『…靴のこと、"私は"由紀子ちゃんに言ってないし。カンちゃんが勝手に言った』
『お前、そういうの“屁理屈“って言うんだよ。後、ドッジ下手なくせに、むぼーなことをすんな』
『うるさいな、別に一芭のためじゃない』
『……』
『大将、前から私のこと“イナゾー“って会う度に揶揄ってきて鬱陶しかったから。ほんとくだらない』
あくまであの反則プレーの理由は、それで通すつもりなのか。そして、もしかしなくても大将が俺にやけに突っかかってきたのは、この女の気をうまく引けなかったからもあったんじゃないかと、そこで気づいて、深く息を吐く。
『……くだらないなら、無視しとけよ』
『うるさいなあ。ずっとしてたし』
もっとマシな嘘をつけと言いたいけど、突進した後の振る舞い方が下手なところも含めて、こいつだから。
『なんか、この名前ちょっと憂鬱になった』
『なんで』
『…苗字もだけど、けいって名前、男みたいじゃない?』
『そう?』
『うん。ひとは は、苗字も名前も可愛いから、良いね』
『それ、別に嬉しくねーけど』
別にというか、全く嬉しくない。特にこいつに言われるなら、尚更嬉しくない。
『あー、じゃあさ、』
"俺、景衣と同い年だったら惚れてるわ"
カンの言葉を思い出せば、すぐに言葉は無意識のうちに繋がっていた。
『いつか「はなえ」になればいーじゃん。“花“とか、ちょっとは、可愛くなるだろ』
きょとんと目をまんまるにしたまま俺を暫く見つめて、それこそ花が咲いたように笑って頷くこいつのことを――誰かに渡してたまるかと。
確実にそういう気持ちは芽生えていた。
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