不器用男の、“ただの“独り言

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"揺るがないもの"、そう伝えられて言葉に詰まる。 バレーが、昔から好きだった。 ボールを同じチームの奴らと必死に追いかけて、繋いで、ポイントを勝ち取ることは何にも代え難い喜びになった。小学生の時に出会って、中学も高校も、大学も。日常生活の近くに当たり前のように、いつも自分の側にあった。そういう道を選んだ。 『ちょっと一芭、なんでこんなとこで寝てんの!』 『……何お前、なんでいんの』 『由紀子ちゃん今日遅くなるから、うちのお母さんが夕飯持っていけって。玄関で寝ないでよ、びっくりするでしょ』 『………』 『練習、そんなにきつかったの』 『…予選の結果、散々だったからな。新体制になってから監督のしごきも増した』 『先輩たち引退してキャプテンに抜擢された花江先輩は、早速バテておられるんですか』 『は?バテてねえよ』 『…ふうん、そうなんだ?』 高校の時、惜しくも予選大会で敗れて先輩たちが早々に引退してしまった後、キャプテンに任命されて更に練習時間が増えた。 そういう中でも、景衣がバレーのことに干渉してきたことは殆ど無い。ましてや試合を見に来たって、俺のプレーについて口を挟んできたことも一度もない。 『一芭、ちょうどいいや。ご飯食べた後、数Ⅱ教えて。私明日、出席番号的に多分当たるの』 『お前、こんな疲れて帰ってきた俺に容赦なさすぎるだろ』 『…あんたのクラスも明日数IIあるけど、予習せずに行くの?そんな疲れてんの?』 『……疲れてねえよ』 『じゃ、お願いします』 やけに子供じみた声で、玄関で寝そべっていた姿勢から起き上がりつつ女の問いかけに反論する。俺の強がりをどこまで見越しているのか、特にそこは深堀りをすることなく、キッチンへと向かう女が「ほら一芭、早く」と笑う顔は、今も鮮明に思い出すことができる。
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