不器用男の、“ただの“独り言

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◻︎ 「おーい!!一芭!!」 「……でた」 「出たって言うな!」 無事かは分からないが講演会が終了し、ずっと使ってきた昇降口ではなく、職員用の玄関の方で靴を履いていた時だった。 走って向かってくる勢いに負けず劣らずの大きな声は聞き覚えしかない。溜息を隠すことなく吐きながら振り返った。 「……何、大将」 「俺の黒歴史の名前を呼ぶな!?」 自分のスニーカーを下駄箱から取り出して俺の傍まで寄ってくる男が、心底嫌そうに否定する様を見て、少しだけ笑ってしまった。 高校に入って、しばらく。別のクラスから態々会いにきた男に、面食らったのを思い出す。 『お前、花江 一芭だろ!?俺のこと覚えてる?』 あの頃とは違って、もう周りに子分なんか従えてなかったし、背も高い方だとは思うが、異彩を放つほどではない。がたいが良いと言うよりは、きちんと引き締まった体つきと、何より少しだけ気恥ずかしさを乗せてた、見たことのない笑顔が印象的だった。 「……あんなに有名な、"お山の大将"だったのにな」 「一芭くん、本当にやめてください」 忘れてしまいそうだったフルネームを尾山 (てつ)と言うこの男とは、中学は別だったから、小学校を卒業して以来の再会を高校で果たすことになった。 そして、久しぶりに出会って困惑する俺を、半ば無理やりファミレスへと連行し向かい合うテーブル席で、机に額をこすりつけるレベルの頭の下げ方を目撃する羽目になる。 『……俺が何か吹っかけても揺るがないお前が、多分羨ましかったんだと思う。あの頃、力でねじ伏せるみたいなことしかしてこなかったから。 本当に、バレーシューズのこと、ごめんな。中学に入って俺もこの身長活かせると思って単純だけど、バスケ始めたんだ。……そしたら自分の使ってるバッシュなんか、当たり前にめちゃくちゃ愛着が湧く。俺がしたことは、最低だった』 淀みなく伝えられた謝罪は、まるで俺に会えたら、を予期して練習していたかのように滑らかだった。 「ずっと謝りたかった」と、自己満足に付き合わせたことにも謝罪する“元・大将“の笑顔は、やはり昔のものとは全く違うかった。
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