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4
翌日、家に帰ると玄関のドアの前に翼が立っていた。ひどく暗くて、思いつめた顔をしていた。
「翼、どうかした?」
「…どうもしなくちゃ、来ちゃいけないか」
「いや」
「じゃあ、中に入れろよ」
あまりいい雰囲気じゃないけれど、玄関で騒がれるのも困るので部屋に入れる。
「翼、ご飯食べた?」
後ろから入ってくる翼を振り返ると、いきなり肩を壁に押し付けられて唇を奪われた。
「どうしたんだよ」
お腹が空いて切羽詰まっている…わけではなさそうだ。
「来週末が何の日か覚えてるか?」
「え?」
ゆっくり考える。来週末は大輔さんの店でランチして、祖母ちゃんの面会をして・・・、・・・あれ?
「…お前の誕生日だ」
「そうだよ。祖母ちゃんが大事なのはわかるけれど、俺、20歳になるんだ。酒が正式に飲める。お前と一緒に過ごしたいんだ。なのにお前、なんで健人と葵なんだよ」
「あー、悪い。面会が終わったら翼の家に行くよ。ケーキ買っていく」
「拓海が好きなんだ」
いきなり拓海がかがみこんで俺の両足をつかみ、俺を肩に担いで家の中に進む。
「ちょっと、翼、何なんだよ」
俺の抗議もむなしくワンルームのベッドに放り投げられ、腰の上に乗られてしまった。こうなるとどうにも翼を跳ね返せない。
「拓海は俺のことが好きなのか?」
「…好きだよ、最近はちょっとしつこいけど」
「だって、俺よりも健人や葵を優先して。あっちが本命で俺は浮気なのか? 俺が浮気相手なのか?」
「怒るよ、ちょっとどいて」
「嫌だ、拓海は俺のものだ!」
あろうことか翼は俺のベルトを外し、下着ごとチノパンを脱がして俺にむしゃぶりつく。
「やめろって」
「嫌だ、これは俺のだ」
ジーンズと下着を脱いで、俺を沈めようとして悲鳴を上げた。
「やめろっ」
翼を払いのける。簡単に翼はベッドから転がり落ちて、丸くなったまま泣き始めた。
「こんなに好きになったのは拓海が初めてなのに」
下半身をさらして泣きじゃくる大男と、それを見下ろす俺も下半身は何も身に着けていない。滑稽だ。滑稽すぎて吐き気がする。
「翼、こんなじゃできるわけないだろ。頭を冷やせよ。お前だって卒業したら実家に戻って、結婚したり、子育てしたりしなくちゃならないんだろ。俺なんて今だけじゃないか。お前だって俺を捨てていくんだろう?」
翼が驚いた顔をして俺を見上げる。
「今日は帰ってくれ。帰れ!」
翼にジーンズを投げつけた。のろのろと支度をして翼が出ていく。すぐに鍵をかけてそのまま玄関にうずくまった。
子どもの頃、夢中でボール遊びをしていて、トイレを我慢しながら遊んでいた。でも、もう限界、健人たちに断って、公園のトイレに行く。
個室のドアが閉まっていて、誰かがいるんだなと思ったら、大人の手が伸びてきて、個室に閉じ込められた。下着ごとズボンが脱がされる。
恐怖に固まっていると子どもの大きな声がした。
『拓海! どこにいるんだよ、遅いよっ』
男が俺の口をふさぐ。俺は恐怖に震える。足元には俺のズボン。少し、外に出ている。
ドンという衝撃音。
『拓海っ』
何かで健人がドンドンとドアを叩き、男が諦めてドアを勢いよく開けるとそのまま走り去った。俺はその場に座り込んで泣き出して、健人がズボンをはかせてくれた。
『ヘンタイだ。ヘンタイが悪いんだ。拓海は悪くない』
健人が一生懸命俺を慰めてくれた。
翼に脱がされた時にあの時の恐怖がよみがえるかと思ったけれど、それは不快な感情でとどまってくれた。
でも、言ってしまった。翼に捨てられるのが怖いと。
「そっか、怖いんだ。俺、怖くなるくらい翼にはまっているんだ・・・」
虚しい発見だった。
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