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 翌日、家に帰ると玄関のドアの前に翼が立っていた。ひどく暗くて、思いつめた顔をしていた。 「翼、どうかした?」 「…どうもしなくちゃ、来ちゃいけないか」 「いや」 「じゃあ、中に入れろよ」  あまりいい雰囲気じゃないけれど、玄関で騒がれるのも困るので部屋に入れる。 「翼、ご飯食べた?」  後ろから入ってくる翼を振り返ると、いきなり肩を壁に押し付けられて唇を奪われた。 「どうしたんだよ」  お腹が空いて切羽詰まっている…わけではなさそうだ。 「来週末が何の日か覚えてるか?」 「え?」  ゆっくり考える。来週末は大輔さんの店でランチして、祖母ちゃんの面会をして・・・、・・・あれ? 「…お前の誕生日だ」 「そうだよ。祖母ちゃんが大事なのはわかるけれど、俺、20歳になるんだ。酒が正式に飲める。お前と一緒に過ごしたいんだ。なのにお前、なんで健人と葵なんだよ」 「あー、悪い。面会が終わったら翼の家に行くよ。ケーキ買っていく」 「拓海が好きなんだ」  いきなり拓海がかがみこんで俺の両足をつかみ、俺を肩に担いで家の中に進む。 「ちょっと、翼、何なんだよ」  俺の抗議もむなしくワンルームのベッドに放り投げられ、腰の上に乗られてしまった。こうなるとどうにも翼を跳ね返せない。 「拓海は俺のことが好きなのか?」 「…好きだよ、最近はちょっとしつこいけど」 「だって、俺よりも健人や葵を優先して。あっちが本命で俺は浮気なのか? 俺が浮気相手なのか?」 「怒るよ、ちょっとどいて」 「嫌だ、拓海は俺のものだ!」  あろうことか翼は俺のベルトを外し、下着ごとチノパンを脱がして俺にむしゃぶりつく。 「やめろって」 「嫌だ、これは俺のだ」  ジーンズと下着を脱いで、俺を沈めようとして悲鳴を上げた。 「やめろっ」  翼を払いのける。簡単に翼はベッドから転がり落ちて、丸くなったまま泣き始めた。 「こんなに好きになったのは拓海が初めてなのに」  下半身をさらして泣きじゃくる大男と、それを見下ろす俺も下半身は何も身に着けていない。滑稽だ。滑稽すぎて吐き気がする。 「翼、こんなじゃできるわけないだろ。頭を冷やせよ。お前だって卒業したら実家に戻って、結婚したり、子育てしたりしなくちゃならないんだろ。俺なんて今だけじゃないか。お前だって俺を捨てていくんだろう?」  翼が驚いた顔をして俺を見上げる。 「今日は帰ってくれ。帰れ!」  翼にジーンズを投げつけた。のろのろと支度をして翼が出ていく。すぐに鍵をかけてそのまま玄関にうずくまった。  子どもの頃、夢中でボール遊びをしていて、トイレを我慢しながら遊んでいた。でも、もう限界、健人たちに断って、公園のトイレに行く。  個室のドアが閉まっていて、誰かがいるんだなと思ったら、大人の手が伸びてきて、個室に閉じ込められた。下着ごとズボンが脱がされる。  恐怖に固まっていると子どもの大きな声がした。 『拓海! どこにいるんだよ、遅いよっ』  男が俺の口をふさぐ。俺は恐怖に震える。足元には俺のズボン。少し、外に出ている。  ドンという衝撃音。 『拓海っ』  何かで健人がドンドンとドアを叩き、男が諦めてドアを勢いよく開けるとそのまま走り去った。俺はその場に座り込んで泣き出して、健人がズボンをはかせてくれた。 『ヘンタイだ。ヘンタイが悪いんだ。拓海は悪くない』  健人が一生懸命俺を慰めてくれた。  翼に脱がされた時にあの時の恐怖がよみがえるかと思ったけれど、それは不快な感情でとどまってくれた。  でも、言ってしまった。翼に捨てられるのが怖いと。 「そっか、怖いんだ。俺、怖くなるくらい翼にはまっているんだ・・・」  虚しい発見だった。
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