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翌日、講義の合間に食堂にいた。あれからぼんやりしたままだ。
「よぉ」
中性的な美人が親子丼を持ってやってくる。俺の返事も聞かずに一つ置いた隣に座った。
「…拓海、具合が悪い?」
顔を覗き込んだ葵が顔をしかめた。
「ひどい顔。顔がきれいでも表情が死んでいたら不気味なだけだ」
「余計なお世話だよ。そうだ、温泉旅行だって?」
「あ、ああ、うん」
とたんに顔を真っ赤にして挙動不審になる葵。なかなかに面白い。
「ちゃんと勝負下着を用意している?」
「…知らねぇよ」
「ふぅん。黒でね」
「うん」
「バックに猫の顔が書いてある奴、ウケルと思うよ」
プイっと横を向いて怒っている。
「はは、ごめん。葵は色が白そうだからサーモンピンクとか淡いラベンダー系のレースのあるやつ、かわいいと思うよ」
ちろっと葵がこちらを見る。顔が赤い。
「サーモンピンク、ロンTをパジャマにしている」
「じゃあ王道の白かな。レース付きで腰ではくやつな」
難しい顔をしながら葵が親子丼を食べている。どこで買ったらいいのか考えているんだと思うけれど、さすがに一緒について行ってやれない。
「真由ちゃんでも誘って買い物したらいいんじゃん」
「…ハードルが高すぎる。あっちはクラス一の美少女だ・・・」
お前さんは学校一の美人だったけれど。そう言うと怒るので言わないでおこう。
「…お礼に聞いてやる。痴話喧嘩か?」
「うーん…。昨日さ、帰れって言ったんだ。お前なんか卒業したらさっさと実家に戻るくせにって」
葵が目を見開いて俺を見る。
「何?」
「いや…、拓海って後腐れない相手とヤリたい放題だと思っていたら、ちゃんと純愛してたんだと思って。そういえば、翼だっけ? 長いよな。初めてじゃないか?」
ヤリたい放題って…少なからずショックを受ける。
「バレてるよ。拓海の爛れた生活。翼にもバレたの?」
「自白させられた。で、健人や葵が本命だと思われている」
「へー、だからあんな目で睨むんだ」
葵が目で促す方向を見ると翼がきれいな女の子と二人で話している。話しながら鋭い目つきで俺と葵を見ている。
睨むなよ。お前こそ、そういう女の子と付き合うべき人間だろ。
胸が痛い。
「あの子、翼に気があるな。何気にボディタッチしている。あんな柔らかそうな女の子に何で翼はぐらつかないんだろうな」
「葵、面白がるな」
「こっちに来るよ。ふふ、どうする? 拓海」
女の子に手を振って別れてから、翼がひきつりながら歩いてくる。
葵は不気味なくらい上機嫌で微笑みかける。
「初めまして、翼くん。拓海がなかなか会わせてくれなくて、やっと会えたね」
「葵ちゃんみたいにきれいな女の子に名前を覚えてもらっていて嬉しいよ」
「翼、そんな言い方止めろ」
翼は葵が女の子扱いを嫌がることを知っていて、わざと言っている。葵は不気味な笑顔を崩さない。
「ありがとう。ところでさ、君、私の拓海を弄んでいるって本当?」
「葵、変なこと言うな」
翼が露骨にひきつっている。葵は俺たちの対面に座るよう手で促した。
「翼くんは健人にも会いたいよね。呼んであげる」
スマホで何かメッセージを打ち込んでいる。翼は険しい顔で葵を睨みつけたまま。
「将来なんてわからない。けど、今本気だし、将来が描けなければ遊びというのは極論過ぎる」
「そうだね。そう思うよ。拓海は?」
「え…」
「拓海は保険をかけているよね。でもさ、レンアイに保険は効かないよね」
にこっと笑う葵はとてもきれいだ。勝負下着で悩んでいた葵とは思えないほど凛々しい。
「こいつさ、時々デリカシーに欠ける言動があるんだ。子どもの頃は私のパンツを覗き込んでいたし」
「いや、階段の下から見えるって言っただけだろ」
「顔を真っ赤にして言うことないよな。まじめで優しいけれど、裏の顔を持っているし」
「葵、勘弁してくれ」
「でも、それもひっくるめて翼くんは拓海のことを気に入ってくれてるんだろ?」
「当り前だ」
にこりともせずに即答する翼にほろりと心がこぼれる。
「じゃあさ、覚えておいてよ。こいつも嫌なことがいっぱいあって、すごく臆病なんだ。外見はきれいだけど、格好悪いよ、こいつ。でもそんな拓海は私たちの大切な仲間なんだ」
葵の微笑に翼の表情も和らぐ。
「あんたたちと拓海は…」
「腐れ縁の幼馴染み。私には好きな人がちゃんといる」
手の中のスマホから一枚写真を取り出して、翼に差し出す。大輔さんと二人で撮った写真だ。
「でか」
170センチはある葵が小さく見えるくらい、大輔さんは背も高くて大きい。
「こういうのが好みなの?」
「大輔さんだから好きなのであって、姿かたちは関係ない。翼くんもそうだろ?」
そう言いながら葵は俺を見る。
「姿かたちではなく、その人だから好きになるんだよ。相手の幸せを考えたら自分の気持ちを押し付けていいのか考えてしまうけど、それは二人で話し合えばいいことで、一人で結論を出すものではない」
俺が翼の家のことを勝手に考えたり、その結果捨てられることを恐れたり一人で考えても仕方ないことはわかっている。
けれど、二人で考えるなんて、そんな…。
「おいおい、美形が三人深刻に話をしているからギャラリーがすごいぞ」
賑やかに健人がやってきて、何も考えず翼の隣に座る。
翼の隣に女の子がいたり、健人がいたり、やっぱり嫌だと思う。また、発見だ。
「ギャラリー?」
「うん、俺の学部の腐女子が鼻血噴いてる」
「教育学部の腐女子、わけわからん」
「個人の趣味だし、葵はわからなくていいよ」
俺たちの会話を聞いていた翼が何かに気が付いたように呟いた。
「そっか。姫と従者か」
「姫?」
葵が嫌な顔をして、健人が騒ぐ。
「姫と言えるのは真由だけだよ。葵は威勢がいいだけの弱っちい黒猫だって」
「ひっかくぞ」
「クズ猫にひっかかれるかよ、ばーか」
「バカって言うな、バーカ」
がっくりと翼が肩を落とす。
「俺、誰に嫉妬していたんだ?」
「それは拓海が悪い」
健人と葵が二人でハモリながら俺を指さす。俺が悪くて丸く収まるならば、今日は全部俺が悪くてもいいかもしれない。
なんだか、疲れた。いや、三人でいるといつものことではあるけれど。
でも、この疲れは心地いい。翼にもわかってもらえると嬉しい。
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