迎えの朝

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 ああ、あの靴音は、看守たちだ……  昨日は隣の房のヤツだったよな。確か名前は…… いや、名前なんかどうでも良い。取りあえずカルロスとでも言っておこうか。  カルロスの抵抗は凄かったな。音しか聞こえなかったけど、あれは看守の一人二人は大怪我したんじゃないか?  でもな、最後は、集まって来た看守らに殴られ蹴られて引き摺られて行ったよな。まあ、それっきり戻って来なかったけど。  ここから出たら、戻っては来れないのさ。だって、ここは処刑を待つヤツらが放り込まれているんだから。  オレは国家反逆罪ってやつで放り込まれている。この国の大統領は世界でも悪評高い野郎だ。同志たちと暗殺を試みたが失敗した。  それで、首謀者のオレを筆頭に全員がとっ捕まったってわけだ。何とも情けない話だよな。    朝、看守たちが靴音をコンクリートの壁と天井に響かせてやってくる。  そして、どこかの房の前で靴音が止む。扉の鍵が開けられ「出ろ」と短く命令をする。それで終わりだ。  あとは捕えられているヤツ次第だ。昨日のカルロスのように暴れるか、静かに従うか……   最後に痛い思いをしたくなければ、素直に従った方が良い。まあ、痛みも命のある限りだけどな。    今日の靴音は、オレの房の前で止まったようだ。……やれやれ、とうとうオレの番か。  房の扉が開いた。看守が顔を覗かせる。看守が「出ろ」短くはっきりと言う。  オレはゆっくりと立ち上がる。オレはカルロスのようにはならない。 「お迎えご苦労だな」  オレは看守たちにそう言った。何しろ首謀者、ボスだからな。みっともない事は出来ない。最期くらいは気取ってみるさ。  オレは後ろ手に縛られ、看守たちに囲まれて房を出た。  長くて薄暗いコンクリートの廊下を進む。正面に鉄製の重ったるい両開きの扉があった。うるさいほどに軋みながら扉が開いた。    とっ捕まってから初めて見る外だった。青空が眩しい。オレは看守たちに押されて外に出た。まだ朝なのに太陽が熱い。  しばらく進むと、高いコンクリート製の壁があり、その前に棒杭が数本並んで立っている。その脇に機関銃を持った銃殺隊が十人ほど横一列になって立っていた。  銃殺刑か…… オレは不敵に笑って見せた。……まあ、せいぜい外れないように撃ってほしいもんだ。    オレは杭に縄で縛りつけられた。目隠しは拒否した。どうせすぐに見えなくなるんだから、あっても意味がない。  銃殺隊がオレの前に並ぶ。銃口が一斉にオレに向けられた。隊長が右腕を上げた。振り下ろされれば銃口が火を噴く。  と、そこへ副大統領がやって来た。 「待て! 処刑は中止だ! 大統領が国外へ逃亡してしまった!」  副大統領は叫ぶ。隊長は右腕をゆっくりと下ろす。銃殺隊の機関銃の銃口が下を向く。 「大統領の悪事が全て露見したからだ! そこで、暗殺を企てたこの首謀者を新たな大統領にするべく、会議で決定した!」  オレの縄が解かれた。副大統領以下、皆がオレに頭を下げた。 「大統領! 就任おめでとうございます! 皆、謹んで大統領をお迎えいたします!」  ……んなわけがあるものかい!     つまらない妄想をしている間に、銃殺隊の隊長の腕が勢いよく振り下ろされた。  
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