727人が本棚に入れています
本棚に追加
「大悟、いるかい?」
村山が舌打ちする。
「……ったく、どいつもこいつも。カレンダーってもんを知らねえのかよ」
「あ。やっぱり、いるじゃないか……。おや? なんで、光がここに?」
仕立てのいいスーツに身を包んだ男が、優雅な仕草で作業場を横切ってくる。甘くスパイシーな香りがかすかに漂った。
「社長……」
「なんで、おまえまで来るんだよ」
大口取引先の社長である堂上に、村山はひどくぞんざいな物言いをした。
四十代の堂上は、年齢的にも村山より上だ。しかし、堂上のほうでも気に留める様子はなく、にこにこ笑っている。
どうやら二人は個人的にも親しい間柄なようだ。
作業台の上に並ぶ照明器具を見て、堂上が聞いた。
「それは?」
「勝手に入ってくるなよ。他社の人間に試作品見られたらヤバいことくらい知ってるだろ」
「だけど、それ、うちの、新商品でしょ? ……いや、少し違う?」
「だから、見るなって言ってるだろ」
村山が急いで試作品を箱にしまう。
「どういうこと? どうして、ここにそれがある?」
「別にいいだろ」
「よくはないよ。状況だけで判断すれば、それはうちの商品のコピーだよ」
「はあ? てめえ、ふざけてんのか?」
気の短い村山が威嚇するように前に出る。長身の二人が険しい表情で睨み合った。
「コピーなんかじゃない」
光の言葉に、堂上が振り向いた。
「事情がわかっているなら、教えてくれる?」
「あいつが……、淳子がデザイン盗んだ」
「盗んだ?」
堂上と村山が同時に目を見開いた。光は一言言った切り、唇をぎゅっと結んで横を向いた。
証拠は何もない。信じるか信じないかは勝手だ。しかし、どちらも「本当なのか」とは聞かなかった。
光とのつきあいはどちらも六年目になる。
頑固で扱いにくく、時によくわからない言動でまわりを振り回すことはあっても、光が嘘や冗談でもそんなことを言わないと知っているのだ。
一度スマホを手にした堂上が、やや迷った後でそれをポケットに戻した。
「証拠は、ないんだね……」
光は頷いた。
「だったら、今、松井くんに聞いても無駄だろうね……」
仕事部屋にあったのはスケッチだけだ。
日付はえんぴつ書きでいくらでも直せる。デジタル化した日付や、試作品を発注した時期が証拠になるかもしれないが、すでに店頭に並んでいるのなら、松井のほうが先に動いている可能性も高かった。
光の言葉だけで、盗んだことを第三者に証明するのは難しいだろう。
「気付いたのは、いつ?」
「昨日」
郊外の店舗に並んでいるのを見たと告げる。
「昨日……。盗まれたのがいつかは、わかるの?」
「半年くらい前、うちにあいつが来たことがある。仕事の依頼で寄ったんだけど、そんなこと自体珍しいし、なんとなく様子が変だったから覚えてる」
最初のコメントを投稿しよう!