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薔薇企画で、松井は光の教育係だった。
仕事の進め方や社内ルールなどは全て松井から教わった。
初めのうち、松井はずいぶん親切で、光をペットか何かのようにそばに置きたがった。けれど、少しも懐かない上に、薔薇企画の中で光が頭角を現し始めると、今度は逆に疎まれるようになった。
納得しないと動かない光の頑固さも気に入らなかったようだ。
諍いが増え、最後は追い出されるようにして光が会社を辞めた。
独立してやってみろと言ったのは堂上だったが、扱いにくい光を松井がクビにしたのだと、まわりの誰もが知っていた。
光自身はモノさえ作れれば、どこで仕事をしてもよかった。
堂上がサポートすると言ってくれたし、薔薇企画の系列のような形で一定の仕事が回されることになっていた。
毎日出勤しなくてよくなっただけ気が楽だと思った。
薔薇企画以外からも仕事が受けられる。
決して悪い条件ではなかったのである。
そんな状況だったので、薔薇企画本社とのやり取りは続いていたし、事務所兼自宅に会社の人間が来ることもあった。
それでも、あれだけ光を嫌っていた松井が訪ねてきたことには、さすがの光も違和感を覚えたのだ。
「盗むだけの時間はあったのかい?」
「仕事の資料を置いてっただけだけど、お茶くらい出せって言われて、コンビニに買いに行ったし」
スマホで写真を撮れば簡単だ。図面やデザインを扱う部署で端末の持ち込みを禁止するところがあるのはそのためだ。
しかも、ペットボトルの緑茶を出すと、松井は手も付けずに立ち去った。
「絶対、あの時だ」
松井は光の仕事のやり方を知っている。アナログの資料なら盗んでも証明がしづらい上、光ではうまく人に説明できないだろうと考えたのだ。
そこまで話して、実際、こんな話を人にしたところで、相手にされないような気がした。
けれど、堂上は簡単に「なるほどね」と頷いた。建前だけでも「決めつけるのはよくない」などと、無駄なことは言わなかった。
人のビジュアルまで売り物にする抜け目ない男でも光が堂上を信じるのは、こういう部分があるからだ。自分で対面した相手が嘘を言っているかどうかは自分で判断し、下した判断を疑わない。
「だけど、光。店に並ぶまでの間に、どこかで気付かなかったの? 例えば、本社に来た時に試作品を見るとか、そういう機会はなかったのかな?」
「……そう言えば、最近、会社に行ってない」
「なぜ?」
「仕事が、来ないからかも……」
「なんだって?」
堂上が目を見開く。どのくらいの期間かと聞かれて、光は指を折りつつ記憶を辿った。
「最後の納品確認に行ったのが秋くらいだったから、三か月くらい行ってないかも……」
「それだけ間が空いていたら、仕事が暇で仕方なかっただろう?」
「よそからの仕事も、少しはあったし……。でも、言われてみれば、ちょっと暇だったかな?」
仕事があるなしに関わらず、絶えずあれこれと作ったり考えたりしているので、あまり気にしていなかった。けれど、思えば春先の依頼に合わせて薔薇企画向けに用意していたデザインは、まだ一つも形になっていない。
「俺、干されてたのかな」
堂上は額に手を当てた。
「このところ僕も忙しくて、すっかり松井くんに任せていたからねぇ……。でも、そうか。そういうことなら、わかった」
社長の顔になった堂上は、昨シーズンの商品の動きが悪かったこと、一月の売り上げも鈍いことの原因を考えていたのだと言った。今日、村山を訪ねたのも、春からの商品の出来が気になったからだと続けた。
「でも、光に仕事を出していなかったなら、原因は間違いなくそれだろうね」
堂上はにこりと微笑んだ。
誰もが惑わされる人たらしの顔だ。実際は切れ者すぎて冷徹なところのある男だが、この顔からそれを知ることは難しいだろう。
「ところで、光。明日は、時間あるかな?」
唐突に聞かれて、「いつでも暇」と答えた。何しろ干されているので、急ぎの仕事は何もない。
朝一番に本社に来るように言われて、特に考えることなく了承した。
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