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 清正のマンションは1LDKで、寝室は一つしかないから、光はリビングのソファで寝起きしていた。  三日間程度なら気にならないが、長くなってくるとやはり疲れる。  そろそろ自分の家に戻ろうと思い、洗面所で並んで歯を磨きながら、もごもごとそんなことを呟いた。  すると、冗談交じりに清正が言った。 「何されてもいいなら、今夜から俺のベッドに来いよ」 「なんらそれ」  ペッと泡を吐き出し口の中を漱いで、素知らぬ顔でそろりと聞いてみた。 「清正、男ともしたことあるの?」  同じようにペッと泡を吐き「あるわけないだろ」と答える清正に、「そうだよね」と頷きながら、なぜか胸に複雑な痛みが走った。  タオルで口元を拭って、うがいする汀を手伝った。  踏み台の上に乗せた汀を両手で支えていると、ゴムで括った光の髪を引っ張りながら、再びうがいの水を口に含んだ清正が何か言った。 「るっと、しらいと思っれる男はいるんらけろな」 「なんだって?」  上手く聞き取れずに振り返りかけたが、汀が水を零しそうになったので、そちらに集中した。 「ひかゆちゃん、いっちょにねんねすゆ?」 「三人じゃ、さすがに無理だよ」 「ひよいの」  広いの、と汀は大きく両手を広げてみせた。  寝室のベッドは確かに広いのかもしれないが、それはおそらく、かつて夫婦のためのものだったからだ。  そうと思うと、あまり近付く気になれなかった。 「少し早く出て、上沢の家に汀を送ってくる。おふくろが連れてこいって言うから」 「俺が送ろうか?」 「朝は俺が連れて行くよ。帰りを頼めると助かる。少し遅くなるかもしれないから」 「わかった」  汀はふだん、駅前の保育所で夕方まで過ごす。出勤しながら汀を保育所に連れていき、帰宅途中に迎えに行くのが、これまでの清正の生活パターンだった。  マンションから保育所のあるA駅までは五分。  A駅はターミナル駅で、清正の勤務先はそこからメトロで四つ目だった。だいたい十分くらいの距離だ。  汀と過ごす時間をできるだけ多く取ることを考えて、マンションと保育所を選んだと言っていた。  A駅からは、光のマンションや薔薇企画の本社も近い。清正の実家がある上沢駅までは電車で一本、だいたい三十分ほどだ。  クルマを使っても同じくらいの時間で着く。 「今日だけじゃなくて、遅くなる時は保育所でも上沢にでも迎えに行くから」  汀と一緒に出かけていく清正に、そう告げた。  一人になったリビングで依頼仕事を一つ片付けた。自宅に残してきたデスクトップが使いたかったが、ノートパソコンでもできないことはない。  小さな画面に神経を集中させて、プレゼン用の資料を仕上げた。  次の依頼に手を付けようとして、必要な資料が足りないことに気付いた。納期はまだ先なので、家に戻ってから仕上げることにして作業を終えた。  時刻は昼を回ったところだ。  清正が置いていった昼食を食べ、リビングと寝室をざっと掃除すると、もうすることがなくなってしまった。  夕方迎えに行けばいいと言われていたが、少し迷った末、光はクルマのキーを手に取った。
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