【2】

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【2】

 カチャン、と鍵の回る音がしてスチール製のドアが開く。  出がけに言った通り、十分ほどで清正は戻ってきた。 「お。また綺麗になってる」  家の中を軽く見まわして軽く笑う。サンキュ、と光の頭に手を置いて、そのままさらりと髪を撫でた。  色素の薄い、明るい色の光の髪を清正は気に入っているらしい。時々こうして指に絡めて手触りを楽しむように撫でる。  切りに行くのが面倒で、光の髪はいつも少し長かった。  肩に着くくらいになると切る。それ以上伸ばすと確実に女性に間違われ、出先のトイレで人を驚かせて逆に面倒くさいからだ。 「おまえ、また少し痩せたか?」  腰の細さを確かめるように腕を回され、一瞬息が止まりそうになる。 「ちゃんと食べてるか? 電気やガス、止められてないだろうな」 「止められてない」  耳元に落ちる声に胸を締め付けられながら、首を振る。髪を梳く長い指が光の顔を上向かせた。  右側が少し上がった形のいい唇が笑みを作る。 「おまえ、ほんと変わんないよね。これで、あと三年もしたら三十になるとか信じらんないな。高校ん時のまんま。町一番の美少女、ヒカルちゃん」 「……うるさい。おまえも殺すからな」  唇を噛んでうつむきながら、清正の手から逃れた。それきりもう清正は触れてこない。軽いスキンシップは挨拶のようなものだ。  いつも同じ。繰り返すけれど、深い意味はない。  ソファに座ると、麦茶のグラスを手渡しながら清正が隣に腰を下ろす。 「それで、久々の『殺す』のわけは?」  思い出したら、また泣きたくなった。  顔を歪めて「悔しい」、「殺す」と繰り返す光を、清正が軽く引き寄せる。宥めるように何度か背中を叩いた。 「ゆっくりでいいから、話せるところから話してみな」 「デザイン、盗まれた……」 「ええっ!」  驚いた清正が、「いきなり核心だな」と呟く。ぽろぽろと、光の目から涙が零れた。 「ああ、もう。泣くなよ、光……」  背中を叩いていた手が光を抱き締める。また胸が苦しくなる。  広い胸に身体ごと包まれて、しがみついた清正のシャツで涙を拭いた。悔しい、ともう一度声を絞り出すと、大きな手が髪を撫でた。 「泣くなって……。綺麗な顔が台無しだぞ」 「綺麗とか言うな」 「だけど綺麗だからな。世界で一番、綺麗だ」  光の髪をゆっくりと撫でながら、清正が言う。 「おまえの姉ちゃんが言ってた。光の顔は観賞用としては申し分ないけど、ずっと一緒にいると嫌になるんだってさ」  精巧に作られた人形のような顔は隣の人間の粗を際立たせると、同じ親から生まれ、同じように色素の薄い髪と目と肌を持ち、美人と誉れの高かった彼女が口を尖らせていた。  それくらいよくできた顔だと言って清正が笑う。 「綺麗だよ……」  もう一度繰り返して、頭のてっぺんに軽く鼻の頭を触れさせた。顔を上げさせた手のひらで頬を包まれ、親指の腹で唇を撫でられる。  その親指の先を黒い瞳でじっと見下ろされ、光は動けなくなった。  息が止まる。  苦しくなって、目を伏せながら広い胸を押し返した。清正は簡単に腕を解いて、最後に軽く光の耳を摘んでみせる。  なんでもないと教えるように、そのままふざけて耳の先を引っ張った。 「痛い」 「はは。……で、盗まれたって、どうしてわかったんだ?」
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