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「おかあさん、わらって」
それが私の聞いた、玲香が口にした最後の言葉だった。
アクリル板ごしに、夫が「元気そうだね」と力ない声で言い「奥野さん、こないだお線香をあげにきてくれたよ。ていねいで、おだやかで、明るいひとだったね」と付け加えた。
塀の中でまで、あいつの名前を耳にするなんてと苛立って、舌打ちをすると「こんなにひどくなっているなんて、思わなかったよ」と夫は悲しそうに言う。
あの日、あまりにもシワが多くなり、まるで老婆みたいなった自分の顔に絶望したところに玲香が起きてきて、パジャマのズボンが濡れていたのでおねしょをしたことがわかった。
何が原因かわからず、かといっておねしょごときで病院を受診するのもなんだかためらわれてそのままにしていたのだけれども、シワだらけになった自分にショックを抱くと同時に、私は玲香に対して「やり場のない怒り」をぶつけてしまったのだ。
玲香がおねしょしたことも、自分の顔つきがかわったのも、ぜんぶぜんぶ奥野のせいだと。
なにもかもうまくいかないことも、暑いのも寒いのも、奥野のせいだと。
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