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「君が一方的に特定の人物を嫌って、自分勝手な怒りをまき散らして、その結果玲香まで失った。君としてはなにもかも奥野さんが悪い、と言いたいだろうけれど、残念だがその理屈は通じない。毎日のように小さな怒りを聞かされつづけた玲香は、それと比例し、だんだんと醜くなっていく君に対してわらってほしいと、元のお母さんに戻ってほしいと願っていたんだろうね」  ぼたぼた、ぼたぼたと赤黒く腫れた手の甲に、涙が落ちる。 「奥野さんは、君がしたことに対してはおおごとにするつもりはないと言ってくれたよ。それよりも、玲香ちゃんを想って、忘れないでいてほしいって。優しさが身に染みたよ、イイ人だね、奥野さんは」  私はがつん、と踵で腰かけていたパイプ椅子の前足を踏みつけ、舌打ちをした。  おい、と夫がアクリル板の向こうで立ち上がる。 「いい子ぶって、奥野のやつ……そういうところが嫌いなんだよ」  毒ずく私を見て、夫は寂しそうな顔をし、「もう君には、なにを言っても通じないみたいだね」と言うと、背中を向けて出て行った。  アクリル板にぼんやりと透けてうつる、私の顔はますます醜く、シワに埋め尽くされるようにしぼんでいる。  頭の中で、玲香は泣き、奥野はずっと笑っている。  怒っているのは……私だ。私だけだ。
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