蕎麦屋

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「で、なんの用?」  女性は、濃いグレーのパンツスーツを身につけており、スクエア型のメガネを掛けてテーブル下で足を組むその姿は、とても蕎麦職人には見えなかった。だが、秘書姿の女性が給仕をする新しい形態の蕎麦屋だという可能性もないわけではない。 「お店の方ですか?」 「私が店員なわけないでしょ」  呆れたといった表情で女性は答えた。眉間の皺が消えたその顔は、思った通り整っていた。  まっすぐに視線を向けられるのが照れくさいほどで、僕は直視できなくなってしまう。視線を逸らして、店内を見回すフリをしながら女性に聞いた。 「お店は営業中ですか?」 「そんなこと聞いてどうするの?この店の蕎麦なんて食べられたものじゃないわよ」  女性のテーブルにあるのは日本酒の酒瓶のようだった。置かれているのはそれだけで、皿やコップが並んでいるわけではない。 「そうなんですね」  僕は適当な返事を返す。別に蕎麦を食べたくて店を訪れたわけではなく、道を尋ねたいだけなのだ。  店員でもなく、食事をしているわけでもないこの女性が、ここで何をしているのかはわからないが、口の悪い常連客といったところか。だとすれば、周辺の地理には詳しいに違いない。
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