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「この辺りに滝があるはずなんですが、知ってますか?」
「滝なら、その道を登ったすぐそこにあるでしょ」
女性は、首を軽く横に振ってみせた。その道というのが、蕎麦屋の前を通る道路だと示しているのだろう。先程まで僕が歩いていた道だ。
「その道を下ってきたんですけど」
「だったら、見逃したんでしょうね」
女性は、興味無さそうに言った。滝に興味がないのか、僕に興味がないのかと質問すれば、両方に決まってるでしょという返事が戻ってきそうなくらいだ。
「店の前からでも見えますか?」
「なにがよ」
「滝ですよ、僕が見逃した滝」
「ガードレール辺りから、下を覗けば見えるんじゃないの」
僕は後ろを振り返る。引き違い戸のガラス越しに、女性の言うガードレールが蕎麦屋前の道を挟んで見えた。先程までの道中で、延々と道路の谷側に並んでいたものだ。
歩道が用意されていないので、通行する車の落下防止を目的としており、歩行者を車から守る役割は果たしていないようだった。
僕は店を出ると、きっちりと引き違い戸を閉じた後、ガードレールに歩み寄って、草木の生い茂った急な斜面を覗き込んだ。
遥か下方に大きな岩がいくつも転がっていた。並んだ岩の間を縫うようにチョロチョロと水が流れている。川上へも視線を転じてみたが、同じ景色が続くばかりで、どこを探しても滝のようなものは見当たらなかった。
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