蕎麦屋

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 店内に戻ると、再び女性に声を掛ける。 「滝なんてありませんでしたよ」  女性が僕の顔を見上げた。酒瓶を前にして座っているだけで、とても忙しいとは思えない女性だったが、針に糸を通している最中に、電話のベルが鳴り響いたとでもいうくらい迷惑そうな表情を浮かべている。  そろそろ引き上げたほうが良いかと思ったが、ここまでの道のりにも人影はなかった。ここで諦めれば、滝に辿り着くことも断念せざるを得なくなってしまう。 「ねぇ」 「はい」  僕は非難の視線を浴びながらも、期待を込めて続きを待った。 「どうしても滝が見たいわけ?」 「滝が、今日の目的地なんです」  今日は滝まで歩いて、しばらくそれを堪能してから帰宅しようと考えていた。すぐそこにあるという滝を見ないまま帰るのは心残りだ。  しょうがないなという風に女性は立ち上がり、僕を促して店を出ると、そのままガードレール手前まで歩いた。  女性は、腕を伸ばすと指先を下方を流れる川の上流に向ける。数十メートル先を指差して言った。 「あれよ」  女性の指し示す先には、濡れた岩肌が見えるだけだった。観光案内に載せられていた写真のような巨大な水柱はそこにはない。 「どれですか」  もう一度、女性は同じ方向を指差す。やはりその先には何もなかった。  僕には見えないものが、女性には見えているのかも知れない。そう思って女性に向き直ると、愚か者を見下すような目線が僕に向けられていた。
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