蕎麦屋

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蕎麦屋

 暖簾を潜り引違い戸をガラガラと開けると、古びた蕎麦屋の店内が見渡せた。店内から流れ出る冷気が、熱を帯びた僕の身体に心地良く吹きつける。  ドアの隙間から店内を覗き込む僕。  いくつかのテーブル席と座敷。そこそこに広い店内だが、ひとつのテーブルに若い女性が一人陣取っているだけで、他に客はいない。店員らしき人の姿もなかった。  店の奥には厨房スペースが広がっているが、調理人はおらず、蕎麦を茹で上げる湯気も立ち上ってはいない。  壁に目をやると、手書きの品書きが貼られ、多くはない品揃えを示していた。カウンター隅に客席に向けてテレビが置かれているが、電源は入っておらず、店内は静かなものだ。  テーブル席の女性は、透明な液体が入った瓶を前にして座っている。その女性が首を動かした。  迷惑そうな顔で僕を見上げると声を発する。 「ねぇ、キミ」 「はい」  僕は店内を見渡していた視線を女性に移す。眉間に皺さえ寄せていなければ、美しいと言える部類の顔立ちだ。 「中に入ってよ」  女性の冷たい声が、静かな店内に響いた。  「外の熱気が入るじゃない」  すいませんと言って、僕は慌てて店内に入ると、引き違い戸を閉めた。
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