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組織の全容は俺も分かっていないが、警察がやり辛い捜査、平たく言えば違法である囮捜査や潜入捜査、表沙汰に出来ない国際問題に絡む事件の捜査なんかを行う、政府直轄の機関と聞いている。
俺は「研究者」なので、海外のスパイから技術を防衛する為の潜入捜査がメインだ。
ボスが俺と日向を交互に見ながら続ける。
「……日向にはこの二年間、麻薬シンジケートに潜ってもらって、こないだ無事畳んだんだけど、なかなかの派手な幕引きになってね。この有様。だいぶそっち方面に顔が割れちゃった」
日向がつまらなそうに、ふいと視線を反らした。よく見ると、頭だけでなく、はだけたシャツの胸元にも包帯が見える。「派手な幕引き」の内容は知らないが、命まで脅かされたのだろうか。
「まあ顔を変えてもいいんだけどね」
ボスがあっさり言うので、俺は驚いた。この組織は、そこまでさせるのか。
「でも日向はなかなか使える顔してるから、それも惜しいかなと思ってさ……。というわけで、これからはこいつも一般企業に潜入させていきたいんだが、何分、畑が違うもんでね。森崎、同い年のよしみで次の仕事バディ組んで、色々教えてやってよ」
「ええ……」
俺は絶句した。横のどう見ても堅気ではない男とボスを見比べる。
「無理でしょ、こんなサラリーマンいるわけないっすよ……」
「あんだよ、コラ!」
「まあそう言わずに。髪色戻してスーツ着りゃいけるでしょ」
「いやいやいや」
俺は両手を眼前で振った。テキトーか。
見た目だけの問題ではない。俺は割と大きな企業に潜入することが多いのだ。そういうところには、ある程度きちんとした大卒の社員しかいない。
「大丈夫だ、森崎」
ボスは俺に言い、日向に向かって顎をしゃくった。
「日向は使える。何でもやる」
でも、と俺は言いかけたが、ボスが話を打ち切るように、パンと手を打った。
「まあ、というわけで仲良くしてね! 俺、忙しいからこれまで! 解散!」
俺達は立ち上がった。
日向は、俺より二十センチは背が高かった。さっさとドアの方へ歩いて行くが、左脚を引きずっている上に、右手も不自然にだらりとなっている。折れているのだろうか。
さながら満身創痍の狂犬だな、と俺は思った。
いけ好かない奴だという印象が、同情に変わっていく。こんなにボロボロの奴を、この組織はまだこき使うのか。俺は多少の非難の気持ちを込めて、ボスを振り返った。
ボスは俺の目線を無視し、日向の背中に向かって、
「日向、包帯目立つから帽子かぶれよ!」
と言った。包帯より刺青だろ。
これが俺、森崎亨と、日向彰暢の出会いである。
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