697人が本棚に入れています
本棚に追加
花見は営業二課の恒例行事だ。課長を始め、年輩社員は楽しみにしているらしい。オジサン達は外で開放的に飲めて楽しいだろう。でも準備する若手は大変なのだ。
「ケータリング、確認の電話した?」
「したよ、五時半受け取り!」
金曜日四時、乙ちゃんと私はコピー機の前で慌ただしく確かめ合った。
「美月ちゃん、五時ダッシュ出来そう?」
「ヤバいけどするしかない。月曜日は朝イチで来るよ……乙ちゃんは?」
「ペアの先輩に押し付けたから、おけ」
乙ちゃんはこういうところ要領が良くて、嫌味ではなく尊敬する。自分は要領が悪い自覚がある。
定時は六時だけど、五時きっかりに二人で退社する。私がお手洗いに行った乙ちゃんをエントランスで待っていると、
「美月ちゃん」
と声をかけられた。
顔をあげると、開発部の蓮見照生さんが立っていた。コンビニの袋を下げている。
「あ、蓮見さん、お疲れ様です!」
思わず明るい声になった。蓮見さんは私の三年先輩で、昨年末の社内の飲み会で知り合った。切れ長一重の塩顔イケメン。爽やかで、仕事熱心で、とにかく優しい。
今日もかっこいいわー……眼福。
こっそり心の中で呟く。
「お疲れ。まさかこれから外回り?」
蓮見さんは私が羽織っているトレンチコートをちらりと見た。
「いえ、花見の準備です」
「わあ、大変だね。楽しそうだけど。また今度乙ちゃんとかみんなで飲みに行こうね」
「行きましょう!」
蓮見さんがエレベーターの方に去っていくのと入れ替わりに、乙ちゃんが走ってきた。
「ごめんごめん!」
「大丈夫だよ。今蓮見さんと会ってね、またみんなで飲みに行こうって」
「え、二人で行けばぁ」
私が蓮見さんを気にしていることを知っている乙ちゃんが、にやりとする。
二人でキャイキャイ言いながら、会社を出た。四月頭にしては暖かな日で、花見日和だ。
花見は浜松町にある会社の近所の大きな公園でやるけれど、その公園は長時間の場所取り禁止のルールがあるので、逆に良い。場所取りOKだったら、午後の業務をすっ飛ばして場所取りさせられていたに違いない。
大体、最近桜のシーズンも早くなってきて、今年もピークは三月末だった。今は四月になっているので、半分葉桜なのだけど、どうせ誰も見ていない。オジサン達は飲めれば何でもいいのだ。私は、毛虫が落ちてこないかだけをひたすら心配している。
「前、外資系金融に勤めてる友達に花見の話ししたら、今時そんなことするんだーって笑われちゃった。その子のとこ、飲み会もないんだって。社員旅行もバレンタインも、プライベートに食い込む行事は一切禁止」
まだ比較的花の残っている桜の下に、ブルーシートを敷く。
乙ちゃんはミントグリーンのパンツに汚れがついていないかチェックしている。私は汚れが目立たないものと思い、ネイビーのシャツワンピースを着てきたけれど、パンツの方が良かったかもしれない。
「羨ましい。けど、ちょっと寂しいかな?」
「全く飲まないのもつまんないよね」
私達は言い合った。
「それに私が中途で入って歓迎会なしだったら、がっかりする」
乙ちゃんが言う。
「日向さんはそういうの気にしないよ、絶対。今日も面倒だと思ってんじゃない」
私はつい刺々しい口調になった。
「あ、もう嫌いなんだ」
「嫌いだよ」
最初のコメントを投稿しよう!