1.出会いは葉桜の季節

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 どうやら私は佐藤さんに気に入られているらしい。私の取り柄は肌が白いことくらいで、戸田さんみたいに人目を引くタイプではないと思うのに、大人しそうに見えるから舐められるんだろうか。髪染めようかな。  困り果ててやたらとカルピスサワーをガブガブ飲んでしまう。 「美味しいですよねカルピスサワー!」 「どういうのがタイプなの」  佐藤さんは言い募る。 「え……はは……優しい人ですかね」  蓮見さんの爽やかな笑顔を思い浮かべて言った。 「俺優しいって言われるよ、美月ちゃん俺とかどうなの」  佐藤さんの目が座っている。どうもこうもない。酔い過ぎだろ!  私は返事をせず、カルピスサワーを飲むのに全集中しているふりをした。  周りの社員も私をちらちら同情の目で見ているけども、普段の佐藤さんが奥手ないじられキャラのせいもあってか、止めてくれない。戸田さんに至っては、面白そうに笑っている。女の敵は女。 「芳川さん、本当可愛いよね」  その時、そう言ったのは日向さんだった。びっくりして顔を見ると、ニヤニヤと笑っている。 「俺、タイプだわ」 「ご、ご冗談を」 「冗談だよ」 「冗談かっ!」  私の突っ込みに周りの社員がアハハ〜と緩く笑い、空気が一変した。  日向さんが佐藤さんと目を合わせて、ほんの少し口の端を上げて見せたのに、私だけが気が付いた。それだけで佐藤さんは酔が醒めたのか、私にモゴモゴ言って、他の席に移って行く。  どうやら助けてくれたらしい。私は日向さんの横顔をしばらく見ていたが、目は合わなかった。  会社の飲み会で酔ってしまうなんて、不覚だ。  会がお開きになり、私はふらふらとゴミを拾い集めた。  佐藤さんのせいだ。いつもあまり飲まないように気をつけているのに、今日は序盤の空腹時に、カルピスサワーをガブ飲みしたのがバッチリ効いた。  日向さんの挨拶も締めの課長の挨拶も覚えていないが、ゴミは拾う、社畜の末席。 「ちょっと、美月ちゃん大丈夫? 片付けはいいよ。もう帰って」  しこたま飲んだはずなのにケロリとしている乙ちゃんが、水のペットボトルを私の手に押し付けた。 「いや乙ちゃんだけにやらせるの悪いし……」 「大丈夫、佐藤さんにやらす」  目をやると、乙ちゃんに命令されたらしい佐藤さんが、這い蹲ってせっせとゴミを分別している。  じゃあいいか。私はペットボトルの水を飲んだ。 「ごめん……来週コンビニスイーツおごる」 「そんなのいいけど、帰れる? タクシー呼ぼうか」 「大丈夫、ありがと……」  私はふらふらと公園を出て、歩き出した。  辺りはとっぷりと暗くなっているけど、公園の木は花見用にたくさんオレンジ色のぼんぼりが吊るされて、ぼんやり光っている。桜の花びらが一片落ちてきて、私の肩の上に蝶のように停まった。  ふと気が付くと、角のベンチに日向さんが座って、煙草を吸っていた。先にこちらに気付いていたらしく、じろじろと見てくる。 「日向さん、煙草好きなんですねー」  私はふわふわと話し掛けた。総嫌煙時代、うちの会社の喫煙人口も減っていて、同期の男子社員で吸う子はほとんどいない。 「仕事の為に吸ってんだ」  日向さんは言った。 「喫煙所だと、ぽろっと本音が出たり、噂話が聞けたりするから」 「へー」  仕事にやる気があるのかないのかよく分からない。私はふと先程のことを思い出した。 「日向さん、ありがとうございました。佐藤さんにうざ絡みされた時」  頭を下げると、日向さんが、ふうん、と呟く。 「礼は素直に言えるんだな」 「はい、礼節は人の基本!」 「酔い過ぎじゃない?」  日向さんは立ち上がった。眉間にシワが寄っていて、顔が怖い。 「それで電車乗って帰るわけ?」 「大丈夫ですー結構優しーんですね、日向さん」  私はふわふわ笑いながら言ったが、日向さんに冷たい無表情で見下ろされる。 「そういう危機感ないの、イライラするわ」 「……すみません」  怖かったので、私も笑いを引っ込めた。
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