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そして気が付くと、タクシーに乗って寝ていた。
「おい、着いたよ」
日向さんに揺り動かされてタクシーを降り、肩を支えられてマンションの自分の部屋のドアの前まで連れて来られてやっと、我に返った。
「あれ、どうやってここまで」
至近距離に日向さんの顔があり、慌てて離れる。
「最初に住所言ってずっと寝てたよ」
日向さんが呆れた顔で言う。
「日向さんに送らせたんですね……ご、ごめんなさい」
私は両手で頬を覆って謝った。寝たせいか、だいぶ酔が醒めている、気がする。
「本当だよ」
「あ、酔い醒ましにコーヒーでも飲んでいきませんか」
何かお礼を、と焦った私は言った。やっぱりまだ酔っていたんだな、と思ったのは後日のことだ。
「……やっぱり危機感ないね」
日向さんが低い声で呟いた。
「え」
「じゃあ、一杯だけ」
たまたま、比較的部屋が片付いている時で良かった。ドリップコーヒーを入れて、日向さんに出す。自分は乙ちゃんに貰った水を飲んだ。
……どうしてこの人と二人っきりで部屋にいるんだっけ。私はボヤーと考えた。
八畳のワンルームで、ベッドの前に小さなソファとローテーブルを置いているが、自分一人がソファの真ん中に堂々と座って、日向さんを床に座らせていることに気がつく。
「あ……間違えた、すみません」
私はぺたんと床に座った。日向さんより目線の高さが下がる。
「……日向さんって、何でうちの会社に来たんですか?」
深く考えずに、気になった疑問をぶつける。日向さんは若干面食らったようだった。
「言わなかったっけ? 人事に伝手が」
「それだけじゃないでしょう? 何か他の理由がありますよね」
ほわほわした頭で私は言う。日向さんは唇の端をあげた。
「何、それ。何でそう思うわけ?」
「コニー電機で、日向さんは、うちには唯一無二の技術があるから高い、って言ってたじゃないですか。入社初日なのに、……頭いいから、って自分で言ってましたけど、何か、愛を感じたんですよね」
まだ酔いで潤んでいる目を軽く擦った。やっぱりちょっと眠い。日向さんは黙っている。
「会社への愛というか、何だろ、……製品への愛ですか? 本当のところを教えて下さいよ」
酔に任せた私はそう言って、にっこりと笑った。
しかし、日向さんは答えなかった。コーヒーも飲まずに、黙って、じっと私を見ている。
「……何を見てるんですか?」
「可愛いなと思って」
「……はっ?」
驚いて、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
「タイプって言ったのは本当」
日向さんはそう言って、テーブルに頬杖をついた。目を細めた顔がとんでもなく色っぽかった。
「いや、冗談って……」
「あの時はそう言うしかないだろ」
日向さんは淡々と言った。え、いや、と私はもごもご言った。多分顔が赤くなっていると思う。
からかわないで下さいよ。
そう言おうとして日向さんの顔を見て、何にも言えなくなった。真顔だ。私の心臓が早鐘のように鳴り始める。
日向さんの瞳は混じり気のない完全な黒で、初めて見たとき光が無いと思った筈なのに、今はどろりと暗く燃えるように光っていた。
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