1.出会いは葉桜の季節

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 なのに、不思議と怖くない。  日向さんが左手で私の頬に触れた。びくっとするが、その目から目が離せない。  睫毛、長いな。なんでこんな時にそんなこと、と思った時には、唇を塞がれていた。 「んっ」  柔らかいものが唇を割って入ってくる。日向さんが私の頭を抱えるようにして、強く舌を絡めた。駄目だ、と思うのに、痺れて力が入らない。 「ん、ん……」  長いキスで酸欠のようになってきた頃に、やっと唇を離された。唾液が口の端からこぼれる。 「……」  私は日向さんを見つめたが、言葉が出てこなかった。 「やだった?」  日向さんが低い声で聞いた。  これが嫌なのかどうか、よく分からなかった。私この人嫌いだったんじゃなかったっけ、と思ったが、唇に残る感触の甘さが、とてもそうと思えない。  けれど、日向さんがもう一度顔を寄せてきたとき、はっとした。  駄目だ。さすがにこれ以上はまずい、気がする!  咄嗟に日向さんの口を手のひらで塞いだ。 「ぐ」 「すみません。待って下さい日向さん」 「なんで」  鼻白んだ顔をされるが、思い切って言った。 「私、初めてなんです」  日向さんが静止した。 「……マジで?」  コクコク頷く。 「……」  日向さんはしばらく黙っていたが、ゆっくりと身体を起こした。呟く。 「ごめん。悪かった」 「……」  ホッとしながら、同時に、どこか残念に感じている自分がいることに戸惑っていた。なんて処女だ。 「すみ、ません」  なぜか謝る。 「いや」  日向さんは目をそらして、さっさと立ち上がる。 「帰るわ」 「は、はい」  やれなきゃ帰る。そりゃそうだ。  私はも慌てて立ち上がり、日向さんを玄関で見送った。 「あの、真っ直ぐ行ったら大通りなので、タクシー拾えると思います……」  言いながら、私は既に後悔していた。  ああもう、何てことをしてしまったんだろう。また来週から毎日顔を合わさないといけない人だというのに、気まずい。それともこんな一回くらいのキス、大人なら割り切ってなかったことにできるんだろうか。  日向さんがドアを開けて外に出た。 「じゃあ」  私は小さな声で言う。逃げるみたいに中からドアを閉めようとしたが、日向さんがドアを押さえた。 「え……」  顔をあげると、日向さんは背を屈めて、私の唇に軽くキスをした。 「おやすみ」  小さな声で言う。穏やかで優しい目だった。 「……おやすみ、なさい」  私は呟いた。  玄関のドアが、ゆっくりと閉まった。
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