12.エピローグ

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 あれから一週間経ち、イツワ化学営業二課には早くも平和が戻ってきていた。  開発部はまだ大変だろう。干野さんと蓮見さんは、不正競争防止法違反で逮捕され、退職したからだ。  二人は実刑になるのか分からないが、出来るだけ早く社会復帰して、時間がかかったとしても、いつか彼らのやりたい仕事をして欲しい。  蓮見さんがゴッドエレクトロとやり取りしていたメールの履歴を提出したことで、ゴッドエレクトロにも捜査が及んでいるはずなのだけれど、恐らく技術部長位のポストの人物が独断で行ったものとして、生贄にされるだろうということだった。  経営陣まで拘っているのは間違いなさそうなのに、そこまで逮捕すると国交の問題になるので簡単にはいかないらしい。闇が深い。なかなかの大事件なのに報道されていないのは、そこら辺の事情が絡み合っているからのようだ。  しかも驚くことに、先日社長が社内のビデオ放送で「技術漏洩の疑惑はあったが、結局未遂で防いだので何も問題なし。皆さんは心配せずに引き続き業務に邁進して下さい」という演説をした。それで、少なくとも課内は「良かったね〜」という平和なムードで満たされた。ゴッドエレクトロの買収の話も、このまま消え失せるのだろう。  某国が絡む産業スパイ事件は、このように表沙汰になっていないものが数多くあるらしくて、コツコツ積み上げることで、いずれ諸悪の根源となるものの駆逐を目指しているらしい。潜入捜査官の戦いはまだまだ続く。  乙ちゃんと私は仲直りした。乙ちゃんは蓮見さんの正体を知り、ショックで三日間会社を休んだ。私は八つ当たりもちょっとされたけど、最終的に謝られて、私達は抱き合って泣いて友情を深めた。  日向さんはイツワ化学を退職した、ということになっている。課長はガッカリしていたが、どこかからヘッドハンティングされたらしいという噂が流れ、皆は疑問も持っていないようだ。私の社内恋愛はこれにて終了。  戸田さんが慈愛に満ちた微笑みで、高級コラーゲンドリンクを下さった。  私、芳川美月は前と変わらずせっせと営業事務の仕事をしている。もっと仕事の幅を広げたい、と闇雲に焦ることはやめた。私の仕事もまた、この世界を支えている。一つ一つ着実にこなしてステップアップしていきたい。 「そう、うんまあ……こんなのは舐めときゃ治るから」  スマホを耳に当てた日向さんがソファで片膝を抱え、低い声でぼそぼそ言う。私は晩御飯の支度をしながら、ちらりとそれを見た。さっきからずっと眉間にシワを寄せているところを見ると、何か耳の痛いことを言われているらしい。  日向さんは死ななかった。全然死ななかった。脇腹の辺りを切られながらも、そのまま素手で佐藤さんの喉を掴んで絞め上げて、むしろ殺してしまうのではないかと思った程だ。  出血量が多かったので慌てたけど、刃先は刺さらずに肉を切り裂いただけで、内臓は傷付かずに済んだ。私が飛びついたのが良かったみたいだ。それでも日向さんにとっては屈辱だったらしくて、勧められた入院を断って自宅療養している。  佐藤さんも逮捕された。やはり蓮見さんに呼び出されて来ていたらしいが、日向さんへの逆恨みを果たすため、ずっとあそこに潜んで時を待っていたらしい。コニー電機の副田さんと蓮見さんを繋いだことは小遣い稼ぎ位の気持ちしかなかったようだけれど、あの人には願わくばもう二度と会いたくない。
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