3人が本棚に入れています
本棚に追加
1章
この世界には、魔法使い・吸血鬼・ライカン・人間が生息しており、皆それぞれ男女の他にα・β・Ωという性別を持って生まれてくる。
生活区域は人間とそれ以外で別れている為、リリは未だかつて人間と直接出くわしたことは無い。
人間以外の居住区もそれぞれの種族別で別れていたり、種族別の学校も多くあるが、ルノアール異種族学校は人間以外の種族ならば入れる全寮制の学校だ。
リリがこの学校を選んだのは、双子の兄であるララ・ステルガルトと同じ学校に入りたいが為に受験をしただけで、リリ自身あまり種族がどうだ等とは気にしていない。
ただし、自身の性別だけは酷く気にしていた。
αは、男女共に容姿端麗な事が多く、有能で希少種。誰もがαに憧れているといっても過言では無い。
βは、所謂普通の平凡的な種で大多数の人間がβ。
Ωは、αよりも希少種で男でも子供を宿す事ができる唯一の存在。Ωの男は中性的な容姿をしている事が多く、身体能力が低い。そして、数ヵ月に一度起こる発情期のせいで忌み嫌われる存在である。
リリ・ステルガルトはルノアール異種族学校に通う17歳の魔法使い。性別は男のΩ。
例にもれず、中性的な容姿をしており、頭脳は並みだが身体能力は低い。身長は男性の平均並ではあるが、甘い顔立ちのせいか男性らしさは薄かった。
新雪のような透き通った白い肌に、銀色の髪。髪と同じ色をした睫毛が頬に色濃く影を落とし、色素が薄い小ぶりな唇はどこか妖艶で美しく、男にしては華奢な体躯をしている。
リリは自身がΩのせいで周りから遠巻きに見られていると思っているが、実際はリリの美しさに周りが躊躇しているというのが正解だった。
勿論、元よりΩが嫌いな者もいれば、魔法使い自体が嫌いな者もいるが、リリの儚げな容姿を前にすればそのような思いはどこかへ消えてしまう。
リリの双子の兄であるララもリリと似た美しい顔立ちではあるが、ララはαなのでリリよりも男らしく精悍な体躯をしているので、見た目では双子というよりも兄弟と言ったほうがしっくりくる程だ。
「――リリ!」
今日も今日とて、廊下でマダムエリーゼからの指導を受けて落ち込んでいたリリは、自分の教室でぼんやりと昼休みを過ごしていた。
今日だけで何度溜息を吐いただろう。
唯一の友人である、アレク・マキナ(βのライカン)は自身が所属する委員会からの呼び出しでいない為、アレクしか友人がいないリリは一人で過ごす他無い。
お昼ご飯を食べる事さえ億劫で、机に伏せっていると、教室の入り口の方から名前を呼ばれ、リリは少しだけ気持ちが浮上するのを感じた。
「またマダムエリーゼに何か言われたんだって?さっきクラスの奴から聞いて、心配になって急いできたよ」
リリの傍へやってきたララが、リリの頭をポンポンと優しく撫でながら心底心配そうに問い掛けてくる。
昔からララは、双子の弟であるリリの事をとても可愛がってくれていた。
両親や親族達は皆、Ωであるララを嫌っているがララだけはいつだってリリに優しくしてくれる。
そんなララの事がリリはとても好きで、同時に尊敬の念も抱いていた。
「うん…また指導されちゃった。本気で留年したいのかってさ」
「全く……リリの何が気に入らないのか。こんなに頑張って努力しているのに、いつだってマダムエリーゼ達は頭ごなしにリリを怒る。きっと奴らの目は節穴なんだ」
リリは怒られても、怒りよりも悲しみの感情に苛まれてしまう。そんなリリの代わりに怒ってくれるララがいるから、リリの心は救われるのだ。
今は出払ってしまっているが、アレクもララと同じ様に怒ってくれる。
自分の身近に彼らのような優しい者がいてくれて、リリはとても幸せだった。
「ふふ……いつも、ララやアレクが僕の代わりに怒ってくれるから僕は救われてるよ。ありがとうララ」
「リリ…。もう本当に、お前は信じられないくらい可愛い!リリは僕の自慢の弟だよ。だから自信持って。また休みの日にでも魔法学教えるから一緒に勉強しよう」
「うん…!ありがとう、ララ」
「どういたしまして。……あ、アレク帰ってきたよ」
ララと話していると、丁度用事を終えたアレクが戻ってきた。
アレクは身長が高く、βではあるがαのララよりも体格がいい。見た目は少しだけ怖そうに見えるかもしれないが、中身は穏やかで優しい。そして、ライカン特有の狼の耳や尻尾はとても手触りが良く、リリは時折触らせてもらっていた。ふわふわで触り心地の良い毛並みを触ると、癒やされるのだ。
「おかえり、アレク」
「おまたせ、リリ。ララも来てたのか。本当にララは心配性だな」
「だって仕方が無いだろう?またリリがマダムエリーゼに虐められたなんて聞いたら、いても立ってもいられないんだから」
ララの言葉に、『まあ、確かにそうだよな』とアレクが頷く。
「うちの教師陣は、確かにベテラン揃いだしマダムエリーゼは魔法学に精通している偉い方ではあるけど、あんまりにもリリの扱いが酷い」
「だろう?リリが頑張っている事を評価できないなんて、どうしようもない奴らだよ。それに、αやβやΩでしか物を判断できない奴らが多すぎる。これだから、頭の硬い古人は嫌いなんだ」
普段二人は、他者を悪く言ったりはしないがリリが絡んでくるとなると別だ。
それに、ララが言う"古人"というのはあながち間違いでは無い。人間以外の種族――魔法使い・吸血鬼・ライカン――は、元来長生きな生き物なのだ。その中でも吸血鬼は一番寿命が長いとされていて、容姿は成人になった頃のまま衰えることなく大体300年ほどは生きるのだと種別学で習った事がある。
魔法使いとライカンは平均で150年〜200年ほど生きるとされているが、容姿は個々によりけりで、吸血鬼のように衰え知らずの者もいれば年齢相応に老け込む者もいる。
マダムエリーゼは、御年100歳くらいだと噂されているが外見は人間でいう50歳程度の見た目だ。
見た目では年齢が計り知れないところが人間とは違い、面白いところだなとリリは思う。
リリは今後どうなっていくのだろうか。リリの両親や親族は、やはりそれぞれで衰え方が違うので判断しかねる。
「――さて。そろそろ僕は自分の教室に戻るよ。残念ながら、次の授業はマダムエリーゼの魔法学なんだ」
苦笑いをこぼしながらララはそう告げると、リリの頬にキスをしてから自分の教室へと戻っていった。
「…いつものことながら、ララのブラコンは相変わらずだな」
「…ね。優しいし大好きだけど、公然でキスされるのは恥ずかしい」
「だな」
ララにキスをされた頬を擦りながら、リリは困った様に微笑む。
せめて、キスをするのは2人きりの時だけにしてほしいが、何度かララに伝えたものの『僕は、したい時にする。リリが可愛いのが悪い』の一点張りで、話は平行線のままだ。
そうしている内に、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り、午後の授業が始まったのだった。
最初のコメントを投稿しよう!