ペペロンチーノ・デイドリーム

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「ほい、お待たせー」  男は出来たてのペペロンチーノを運ぶ。白い皿にはつやつやと光る麺が盛られ、一切焦げ付いていないニンニクと鷹の爪が彩りを与えていた。彼女は一口食べると、ぱっと笑顔になる。 「わあ、美味しい!」  初めての彼氏の手料理に舌鼓を打つ。彼女はにこにこと笑いながらフォークを進めた。  あの奇妙な夢を見て以来、男は少しずつ自分のがさつな部分を修正していった。部屋の掃除をやり、ひげもきちんと剃るようにした。  身だしなみも小綺麗にするようにしたら、ズボラな自分にもついに彼女ができた。気配り上手で自分にはもったいないくらいの女性だ。  自分の命を捨ててもいいほどの存在ができて、男もようやくあの鯉の怒りを心から理解できた。  怒りはただ悪感情だけで発生するものではない。自分にとって大切なものであるほど、真摯に向き合うために怒るのだ。好きだからこそ真剣になって、全力で心のクラッシュ・シンバルを鳴らすのだ。  確かに彼女を軽んじられたら、自分だってバンバルオオォウと吼えてしまうかもしれない。それにしたって、どう考えてもはやりすぎだが。あれは近所迷惑なんてレベルではない。ちょっとした災害だ。  何事も丁寧にしつつ、ほどよく適当に生きるのがきっと一番なのだろう。適当さと几帳面さ、相反するふたつを身に付けた男は、それなりに自分の人生を謳歌していた。 「料理上手いんだね。こんなに美味しいパスタ初めて食べた」 「いや、上手に作れるのはこれだけなんだ」 「ふうん?」 「昔、口うるさい魚にしごかれてね。ペペロンチーノだけは上手いんだ、俺」  口うるさい魚と聞いて彼女はきょとんとする。聞き間違いか、何らかの冗談だろうかとも思ったが、それにしたって唐突すぎる。男はそれを悟って「夢の話だよ」と付け加えた。
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