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朝目覚めると、洗面台に鯉がいた。
男は小さく舌打ちをする。これでは歯を磨くことができない。仕方ないのでバスルームで歯を磨き、顔を洗った。冷たい水でいつもよりも入念に洗った。目をごしごしとこすった。ついでに頬も叩いてみた。
戻ると黒みがかった背びれとほんのり黄色い黒鱗が見えた。鯉は消えていなかった。
今度は大きく舌打ちをする。洗面台は千草色の水で満たされ、いくつかの丸い水草が浮かんでいる。その底は見えない。どこに繋がっているのだろうか。
水面は室内故に穏やかで、時々それの揺らぎを受けて少しの動きを見せる。突如現れた同居人は、ふてぶてしくも優雅に身体をくねらせていた。
男は唇をとがらせ、その魚に声をかける。
「まったく、鯉さんよ。人んちに上がるならさ、せめて一言かけるのが礼儀ってもんじゃないかな。一応君は俺の洗面台を占拠してるんだからよ」
鯉は緩やかな曲線を描き、頭を男の方へと向けた。
「これは大変申し訳ない。悪気はなかったんだ。お邪魔しているよ」
「まあ、いいけどさ」
男は小さく息をついて歯ブラシを戻す。今日は休日だからよかったものの、平日の朝にこうして時間を取られるのは困りものだ。
男は腕組みをして考えた。勝手に上がり込んでいるとはいえ、お客さんをほったらかしにしておくのもよろしくない。何か出そうかと思って男は口を開いた。
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