ペペロンチーノ・デイドリーム

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 男は適当をモットーとして生きてきた。適当に働き、適当に過ごし、適当に眠る。他人からどんな目で見られようが、楽に生きるのが一番だと考えていた。これほど丁寧に料理をしたのは生まれて初めてのことだった。  確かにいちいち手間をかけるのは非常に面倒くさいが、それをする価値は確かにあった。まともな料理を作る充実感は、ぼんやりしていた男の心に奇妙な彩りを与えた。  芽を取り除き、刻み、焦げ付かないよう優しく炒め、丁寧にゆで汁と油を混ぜる。たかだかパスタにも、これほど手間がかけられている。いつも適当に食べているものも、作る人の誠意がこもっている。  男は今更ながらそんなことに気が付き、スマホ片手に母親の作ってくれた料理を食べていた自分を恥じた。自分は人からの愛を当然なもののように感じて生きていたのだ。  忸怩(じくじ)たる思いで胸がいっぱいになる。久しぶりに実家に帰ってみようと決意した。そういえば両親の肩も長い間揉んでいない。最後に揉んだのはいつだったか。  料理なんて腹を壊さなければいいと考えていたが、たまには真摯に取り組んでみるのもいいかもしれない。丁寧さの持つ力の偉大さは、確かにこのパスタが身をもって証明していた。  ペペロンチーノはあっという間になくなった。鯉は嬉しそうに礼を言う。 「いやあ、美味かった。君はよくやってくれたよ、おかげさまで幸福だ。お礼に吾輩の鱗を分けてあげよう」 「それはよかった。鱗はいらないけど」  鯉の口からはニンニクの匂いがする。ニンニク臭がする魚なんて、世界中を探してもここにしかいないだろう。何だか滑稽で笑ってしまった。
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