ペペロンチーノ・デイドリーム

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「君、なんだそのケチくさい塩の量は。スパゲティはだよ。もっとこう、豪快にひとつかみしてドバッ! と入れないと。その程度の塩水なら真水とおんなじだ。我輩だって平気で棲めちまう」 「ひとつかみ? 一回メシを作るだけなのに、そんなもったいない使い方できないよ」  男は目を丸くした。淡水魚のくせにそんな塩っ辛いものを作らせるとは。指もないくせして一丁前にひとつかみという単位を使うんじゃねえ。 「君はただのつまらん食事を作っているんじゃない! ペペロンチーノを作っているんだッ! せっかくの素材を平凡な味にしてしまう方がもったいないだろう! 賽は投げられたのだ! 慎始敬終(しんしけいしゅう)、やるのであればとことんやりたまえッ!」 「頭が変になりそうだなあ」  どうして俺は得体の知れない鯉にペペロンチーノを教わっているんだろう。鯉の熱弁に男は狐につままれたような気分で従った。塩を豪快に掴んで加え、少し味見する。少し薄めた海水のようなはっきりとした塩味を感じた。  火を点けてまな板にニンニクと唐辛子を置く。唐辛子は種を取り除き、適当な大きさに刻んだ。背後にそわそわするものの、うるさい味見役の声は飛んでこない。ここまでは文句がないようだ。ニンニクを刻もうとした瞬間、また例の怒号が飛びかかる。
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