ペペロンチーノ・デイドリーム

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「さて、最後の仕上げだ。ゆで汁を少しだけ油に加えてくれ。これがソースの役割を果たす」 「へいへい」 「菜箸できめ細かくかき回して馴染ませるんだ。子供の頃、どろんこ遊びはやっただろう? あの頃を思い出してくれ」 「鯉に童心を説かれる日がくるとは思わなかったよ」  男はせかせかと箸を動かしていたが、一向に馴染む気配がない。面倒くさくなって弱音をこぼした。 「ねえ、もういいんじゃない? 十分馴染んだろ」 「駄目だッ! 水と油が分離したままでは味が落ちる! 丁寧に丁寧にかき混ぜて、ガーリックオイルとゆで汁のを作りあげるんだッ!」 「一体いつからここは料理教室になっちまったんだ……」  男はひいひい言いながらも、ようやくそれらを乳化させることに成功した。  でも、たかがパスタにこれほど真剣になれるのもすごいよなあ。こいつはパスタを大切に思うからこそ、これほどきちがいみたいに怒鳴ってるんだ。怒るのだって結構エネルギーを使うもんな。  男は自分を省みた。この鯉にとってのパスタのように、自分が心の底から真剣に思えるものは何だろう。大切なものが何もないというのも、まったく空虚な人生だ。  麺が茹で上がった。トングがないので菜箸で取り出そうとした瞬間、やはり一喝される。
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