2ndチャレンジ

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2ndチャレンジ

 前回のチャレンジは失敗に終わった。理由は通称・馬鹿(さくしゃ)が一日当たりの世界の死亡者数を調べているうちに外部サイトへ飛び、いつの間にか小説投稿サイトを巡回し始めてしまったからだ。 「めんどくさいから『俺は人間界へ降り立ったのだった――。』で強引に終わらせよう」、奴がそう考えていたのをもちろん俺は知っている。一通りブックマーク作品を読み終わったあと、馬鹿は煙草を吸いに喫煙所へ足を運んだ。それきりパソコンが開かれることはなかった。  奴の集中力は日によってまちまちだ。続けて五時間もキーボードを打ち付けているかと思えば、あるときは三行書いたきりアホみたいに緩んだ顔で動画投稿サイトを見始めることもある。今回はせめてひとつ、魂をお迎えしてほしいところだ。  魂を迎えるというこの仕事は、人間界においてかなり重要な役割を持っている。通常は死期が近づくと、人間は魂と肉体の結合が曖昧になる。魂を回収するために、天使は肉体から魂を引き出す儀式をしなければならない。しかし作者のサボり癖が原因で、迎えが来るはずの魂は儀式を受けることなく、本来の寿命を越えて生き続けているのだ。このままの状態が続くと、そのうち人間界は生命でいっぱいになってしまう。  俺はまず人間界へ降り立つことにした。キャラクターが頭の中で勝手に動くということがあるらしいが、俺がこうして自由に行動できることからその俗説はある程度の正当性を持っていると言っていい。少なくとも、「早めに人間界へ降りてしまえば魂の回収までの時間短縮に繋がるだろう」という考えのもと行動できる程度には自由がきいている。  だが、「すでに回収しました」とできないことから、作者が俺にある程度のストッパーを設けていることが覗える。つまりは脳内で動くキャラクターにも限度があるということだ。どうやら作者は「キャラクター」という単語を「キャラメルポップコーン」に空目しているみたいだから、奴が映画館へ行ってしまう前に魂を迎えにいかなければならない。  さて、今日お迎えすべき魂は自殺志願者の少女と某国で暗殺される大統領だ。正直、自殺志願者の少女は後回しにしたい。なぜなら作者は「自殺」をテーマに小説を何本も書けるほどこの題材に心を寄せるろくでなしだ。少女の心情について細々と描写されては堪ったもんじゃない。そっちに集中してしまっては魂を迎える前に力尽きてしまうだろう。  まず俺は大統領の元へ向かうことにした。どうやら彼は就任記念のパレードをしているらしい。これから死ぬ事なんて知らないのか、民衆へ向けて笑顔で手を振っている。  そろそろか。俺はそう呟きながら魂を捕えるための網を取り出した。この網というのがなんともクールな代物なのだ。人間界でいう虫網のような形状をしていて、網部分は霊子――人間界でいう原子のようなものと考えて貰っていい――でできており、肉体という器から逃げ出した魂を蜘蛛の巣のように絡め取る。  プロの道具には素材がものをいう。網の輪の部分についた二本の角の装飾は大天使ミカエルの遺骨を加工したものだし、持ち手には最上位霊獣プロトレイオスの牙を使っている。ゴツゴツとした重量感のあるこの魂網が俺にはぴったりなのだ。  俺は網を構えると、肉体と魂の結合が弱まる瞬間をじっと待った――。
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