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いつもの時間、いつものレストラン、いつもの席。
なんら変わり映えしない「いつもの」がいくつも並んでいる。でもそれは、30代に突入した私からすると、とても居心地が良くて落ち着くもので__。
「私は、いつものにしようかな?里志は?」
メニューの向こう側に見える、いつもの顔。
「あぁ、じゃ、俺もそれで」
「ワインは?赤でいいよね?」
「いや。今日はいいや」
そこは「いつもの」と違うのか。そういえば、少し疲れているというか__夜勤の疲れが取れてないのか?
食事が運ばれてきてからも、仕事の話を中心に「いつもの」時間を楽しんだ。付き合って3年、もう大袈裟なときめきは必要ない。お互い、腰を据えた関係を望んでいる。
と、その時、レストランの照明が消えた__。
デザートの、リンゴタルトを食べていた手が止まる。
えっ、うそ⁉︎
里志はお世辞にも、モテるほうでも女性に気遣いできるほうでもない。ただ優しくて誠実で、でもサプライズなんて__こんな形でプロポーズを⁉︎そうか、だからどことなく緊張してたんだ。
久方振りの胸の高鳴りは、暗闇の中から現れたバースデーケーキと、誕生日の歌にかき消される。
そうよね。里志はそんなタイプじゃない。驚かさずに、私の目を見て言うはず。そんな実直なところ__。
明かりがつくと、里志は真っ直ぐ私の目を見ていた。
その瞳が揺れている。
こんな瞬間なんだ。
幸せが約束する瞬間。
それって「いつもの」日常の中、不意にやってくる。
「涼子」
聞いたことがない恋人の声色に、私は身構えた。
幸せを受け入れる、態勢を整えたのだ__。
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