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「おのりゃあ特攻崩れじゃろうが。よくもまあ、おめおめと逃げ帰ったな。大和魂も知らん恥知らずが」
老人が顔を真っ赤にして怒鳴っている。
「恥知らずか。俺も日本人だ。大和魂なら少しは知っておるつもりなんだがな。それはそれとして、すまんがツケにしてくれんか、店主」
「死ぬのが怖くて逃げて帰った非国民にはツケなんぞきかんのじゃ。カネが無いなら無いで、相応の物品で払わんかい」
「無い袖は振れんよ」
南条は懐から陸軍十四年式拳銃を取り出した。それを卓の上にいかにも大事そうに静かに置いた。
「これをカタに置いてゆくから、頼む。ツケにしてくれんか」
「なんじゃ? わしを撃ち殺す気か!」
老人は目を剥いている。
「殺すつもりならここに来てすぐに撃っている。だがなぜあんたを殺さねばならんのだ。そうではない。これをカネの代わりに置いてゆくと言ってるのだ」
「鉄砲なんぞ腹の足しになるかい!」
「誰も年寄りのあんたにこれを食えなどとはいっておらんよ。歯と胃袋が丈夫な俺でもこんな鉄の塊など食えん。仮に食えたとしてもさほど美味くもなかろうさ」
南条は朗らかに笑った。
「なにを! ただ食いしおってからに。特攻崩れが偉そうに!」
老人は研いだばかりの銃剣を手に持って声を張り上げた。
「ただ食いじゃ。ただ飯食らいの外道が食い逃げかましよるぞ」
「なんだなんだ。おい爺さん、どした?」
愚連隊たちが立ち上がり、南条の退路をふさいだ。
「この特攻崩れの外道がただ食いしおったわい」
「おう、特攻隊。うちの縄張りで食い逃げかますとは大した度胸じゃの」
「カネなら明日中に必ず払うと言ってるんだがな」
南条は薄汚れた卓に手を伸ばし、陸軍十四年式拳銃をつかみ取った。つかみ取ったそれを破れかけた軍服の懐の奥にしまった。
「おう、特攻隊。表に出んかい」
軍帽を斜めに被り、長楊枝を咥え、腹巻きを巻いた愚連隊たちが凄むものだから、南条はため息つきながらも取り敢えずはそれに従った。
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