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「夏央ちゃんはお祖父ちゃんの若い頃によく似てるからかも知れんねえ」 叔母の春子が夏央に言った。夏央にはそうは思えなかった。自分は祖母の南条チカに似ていると思ったことはあれど、祖父の南条道彦に似ているなどと思ったことは一度もない。 葬儀は二度に渡って別々の場所で行われた。一方は長男の一男を喪主として、血縁者のみで。そしてもう一方は四代目南条組組長瀧本武雄を喪主として。こちらの葬儀には全国各地から親分衆が集まり、警察による厳戒態勢の下で盛大に執り行われた。 四十九日の法要が終わり、形見分けがされた。夏央は祖父の遺言を守り、書斎の書棚に並んだ古ぼけた夏目漱石全集をもらった。だが、なにかが違うような気がしてならなかった。 「夏央ちゃんはその古ぼけた本だけでいいのかい」 一男叔父の妻である仁美が言った。 「爺さんが夏目漱石を読めと言うもので。夏目漱石なら学生の頃に一通り読んだのですがねえ」 「そういえば夏央ちゃんは文学部だったもんねえ」 「まあ、坊っちゃんとか好きだったし、学生の頃を思い出しながらまた読み返してみますよ」 とは言え、なにかが引っかかる。 叔母の仁美を前に、夏央は祖父の最後の言葉を懸命に思い出そうと努めた。まだ話は長々と続くものと思っていたのだ。まさかあのタイミングで祖父が臨終するとは思わなかった。夏央は祖父の言葉の一言一句をしっかりと記憶に刻まなかったことを今になって後悔していた。 「待てよ」 夏央は思い出していた。確か祖父の道彦は夏目漱石全集の隣に並べてあるものを読めと言ったのではなかったか。そうだ。きっとそうだ。夏央は叔母の仁美に断り、書棚を改めて見渡した。さっきまで夏目漱石全集が置かれていたものの今は空白地帯となっている場所のすぐ脇に、分厚い帳面があった。手にとってみた。それは南条道彦の筆による手記だった。
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