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まだまだ食い足りぬが、それでも味付け濃厚な残飯シチューで生き返った気分だった。どうやら餓死せずに済んだのだ。
飯を食ったのは、三月一日以来、実に三日振りだった。南条道彦は命の有り難みを噛み締めていた。そして実に清々しい気分だった。だからいざ会計する段になって、自分が無一文であるのを思い出しても、それをさほど深刻にとらえはしなかった。なにしろ大量に飛来する超大型爆撃機B29から本土を防衛すべく、数え切れぬほど繰り返し繰り返し三式戦闘機飛燕の操縦桿を握りしめて緊急発進している。
B29の巨体が繰り出す防御射撃は圧倒的であった。目を閉じると、探照灯の光の束と月明かりを受けて妖しく光る超大型爆撃機B29の銀翼と曳航弾のきらめきが、目蓋の裏側に鮮明に甦った。
南条道彦は閉じていた両眼を開けた。
「美味かった。だが、カネがない。明日中にどうにかして払うから、ここはツケにしてくれんか」
南条が飛行帽に覆われた頭をかきながら笑顔を振り撒くのと、老いた白髪頭の老人が顔を上げるのが同時だった。
「ツケだと?」
「そうだ、ツケだ。必ず払う」
「あんた、飛行機の操縦員かね?」
「まあ、そうだ」
「海軍かね?」
「いや、陸軍だが」
航空機パイロットを操縦員と呼ぶ海軍と違い、陸軍では航空機パイロットを操縦者という。だが意味は同じだ。
「ほう。さては、特攻隊じゃな?」
「なぜ、そう思う?」
「海軍だろうと陸軍だろうと、死なずに逃げ帰った特攻隊崩れは一目でわかるわい」
事実、南条道彦は特攻隊に志願させられていた。超大型爆撃機B29への体当たり攻撃を命じられていながら反抗し、それを敢行しなかった。だから罰として、無理やり特攻隊に志願させられたのだ。
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