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「俺はここまで。これ以上行くとバレちゃうから」
ポケットからもう1つスタッフカードを出すと首から掛けてくれた。
わたしはそれを呆然と見下ろした。
セイのライブのスタッフカード。ファンにとってはたまらない。宝物を貰った気分だった。
「…そうちゃん?これ、は……」
それを手に取り持ち上げる。もしかしてという期待に、声が震えた。
そうちゃんは内緒話をするように、人差し指を口元にもっていくと、得意気に目を細めた。
「まだ公には内緒なんだけど俺ね、今日、特別出演するんだよね。セイと二人で歌うから楽しみにしててね」
こそっと耳打ちしてくれる。
それは、もしやアンコールで奏が出てくるってこと?ものすごい情報を聞いてしまい、背中がゾワゾワッとした。
「アリーナの最前列を越えると、さらにステージ寄りにマスコミと関係者用の招待客専用スペースがある。ロープで区切られてるから行けばわかるよ。そこに入って、座席はこれ」
ペラっと、何て言うこともないような仕草で招待チケットを見せられ、わたしは口を開きっぱなしだった。
今日のチケット。
大泣きするほど欲しかったチケット。両手でそれを受けとると、恥ずかしいほど手が震えていた。
まるで、一億円を手の平に乗せられたみたいに興奮した。
「せ、セイ、のチケット…。観れるの?わたし、観ていいの…?」
ぶわっと涙が溢れる。そうちゃんはそれを見てふはっと噴き出した。
「本当にセイが好きなんだね」
「…す、き…」
好きなんてもんじゃないの。人生そのものなの。初めて出会って一瞬にして虜になった日からずっと、彼の歌と一緒に生きてきたの。
今日だって、勇気を貰いにきたんだよ。
「泣くのはまだ早いよ!さぁもう始まっちゃうから!」
背中をトンと押される。
わたしはよろけて、アリーナ会場へと足を踏み入れた。
とたんにライブ直前の熱気が押し寄せる。歓声が頬にぶつかってくるようで目を細めた。
「詩子さん!急いで!」
そうちゃんはもう一度叫ぶと、一度周囲を見回してから、身を隠すようにコソコソしながら走って戻って行った。
わたしはアリーナ会場を、一歩一歩踏みしめながら進んだ。特別なスタッフカードとチケットを握りしめて、心臓をバクバクさせながらステージ前まで歩いた。
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