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俺はノートに思い出した事を書きながらだが、優一に聞かれて話す時は相手の名前は絶対に出さない。
これは愛子との約束でもあった。
ーー「子供達が聞きたい事、誠一さんが話したい事、良いと思うなら私の事は気にせずに話して。例えばそれが子供達にとって私が悪い印象になったとしても構わないわ。だけど安藤さんの名前だけは言わないで、絶対に…。」
自分が産まれる前の両親の離婚に関しては、言いたい事はあるに違いないが、笑ってくれる優一を大人だと思うし感謝もした。
相手の事も深く聞かない、そんなところも愛子に似ている。
見かけは俺にそっくりだけど、優一の強さや優しさ、人が好い所は愛子にそっくりだ。
大学の講義がない日にこうして一日中、父親に付き添ってくれる優しい子だ。
「その後も時々出掛けてたらしくて、姉さんとは怖いからその頃は連絡も取ってないし、母さんは時々、ここに来て掃除とかしてくれていたから、まさか母さんが愛子と連絡先を交換してるとは考えてもいなかったよ。」
母は昔から気性が荒く強引、自分がこうと決めたら突き進むタイプ。
「孫が産まれているのに、会わない、なんて選択肢はなかったんだろうなぁ。」
はぁ〜と息を吐いて、誠一は天井を見上げた。
「いいんじゃない?そのおかげで俺に会えたわけでしょ。」
大学時代の俺にそっくりの顔で優一が悪戯な微笑みを向ける。
それからの母は多分、ヤキモキしていたんだと思う。
言った方がいいのか言わない方がいいのか、お節介を焼くか焼かないか、母の中ではいろんな事が渦巻いていたに違いない。
そんな母が一度目にくれたチャンスは、愛子をバイトとして家に寄越した事だった。
「あぁ、聞いた聞いた。強引に頼まれたって。だけどその時はそれで終わりだって…その後でしょ?偶然、母さんの店に父さんが行った。」
優一の言葉に首を振る。
「偶然じゃない、母さんがどうせ暇ならそこに行けって言ったんだ。本社から出向したとこでやる気が無くなっててね。何となく言われるままその店に行ったら愛子がいたんだ。」
ヒュー♪という口笛が聞こえた。
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