満員電車の攻防戦

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(電車の発車音、走行) 女 ――今日も私は、朝からスーツの人の波に流され、   満員電車にぎゅうぎゅうに押し込まれる。   皆が皆、心を殺してただそこに在り続ける。   我慢…我慢だ。   この秩序を壊してはならない。   日常を逸脱してはならない。 男 ――私は変態です。   なんてことを、満員電車で隣に立っている   中年男が急に言い出したら、   きっとみなさん驚かれると思います。   実はこのスーツの下に過激な下着を着けているとか、   身体の特定の部分を誰かに見せびらかしたいとか、   …決してそういうことでは、ありません。   私は他人の幸せが悦びなのです。   さぁ、楽しい満員電車タイムの始まりです! 女 ――絶対に我慢…って、嘘、無理。お腹痛ーい。   ヤバいヤバい、ヤバい!これ、本気でヤバいやつ。   皆さん、電車揺れてますけど、お願いですから、   ちゃんと自分の足でしっかり立っててください。   お願いします。押さないで…押されると…   やっぱ無理です。ガチめの無理めですー! 男 ――そう、例えば、今、私の前に立っている、こちらの女性。   電車の揺れに細いパンプスで耐えるのは、   さぞかしご苦労が多いことでございましょう。   その肩にかけているカバンも、肩に食い込むほど   ずいぶん、ずっしりしていらっしゃいます。   まだ朝だというのに、背中を丸めてお疲れのご様子。   あぁ、そのブラウスに隠されたふくよかな肉体を   この私の指で抑圧から開放してさしあげたい。   そう、それだけなのです。   それだけが私のただ一つの望みであり、   悦びであり、性癖なのです…! 女 ――あ、やばい。おならが出そう…。   でも、このご時世、みんなマスクしてるから、   おならの一つぐらい、意外と大丈夫かも?   …いや、嘘です、今のは間違いです!   あー、はやく、次の駅に着いて!   じゃないと、おならが出ちゃうよぉ! 男 ――そう。私の指は、どんな凝りも   柔らかくほぐすゴールドフィンガー。   満員電車のマッサージ紳士とは私のこと。   決して、邪な思いはございません。   願うのは、あなたの幸せ、あなたの悦び。   さぁ、朝から、お疲れのご様子のお嬢さん。   次の電車の揺れに紛れて、ぎゅぎゅっと一発!   身体の緊張と張りをほぐす、よく効くツボを   押してさしあげましょう! 女 (電車が大きく揺れるてよろめいて)   …うっ…押さないで…でちゃう… 男 はぁっ!(指圧) 客 ――なんだ、この女性。   さっきから周りを気にして。   なんだか顔色も悪いけど…   まさか猥褻な行為でもされてるんじゃ? 客 あ、あの、大丈夫ですか? 女 はっ、はいぃぃぃ!? 客 勘違いだったらすみません。   もしかして、いま、あなた… 女 えっ!いえっ、私じゃないです。   私は何もしてません!! 客 へ?いや、あなたがやったかどうかじゃなくて 女 私は、まだ、やってません!(ぷぅー) 全員 …あ。 (電車駅に着く。男、下車) 男 ――あれはツボ押しにより、体内の毒素と緊張が抜けた証拠。   案ずる必要はございません。   今頃、あのお嬢さんの全身の緊張はほぐれ、   完全に抑圧から解放されていることでしょう。   この私のゴールドフィンガーのおかげでね。   あぁ、人を幸せにするって、たまらなく快感です!   はぁはぁはぁ…っ! 女 あぁっ、いままで我慢してたのに…   なぜか、もう肛門の力が入らない…!
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