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家につくころには悲しみがまるで大きな湖のようになってぼくはその中にすっぽりと沈みこんでしまう。水の中はとても静かでそうすると何もかも聞こえなくなってそれはそれで、気持ちがいい。ああいっそぼくも耳が聞こえなかったらいいのに。そうすればいじわるな声を聞くこともなくだから悲しくなることもない。
そんなことを考えていたらきゅうに、ぼくの悲しみの湖がドクドクドクドクとぜんぶ、耳の中に入りこんできた。母さんがびっくりしている顔でぼくをゆすり起こす。ああ夢だったのか。ぼくはとなりで寝ている母さんをけっとばしたりあばれていたみたい。
でもおかしなことに気がついた。なにも、音がしない。
そう、ぼくは、ほんとうに耳が聞こえなくなっていたんだ。
しばらくしてぼくのようすに気づいた母さんは絶望したように泣き出した。泣かなくてもいいのに、ぼくは手話で母さんに言う。ぼくはこの方がしあわせなんだよ。母さんはますます泣いて、私のせいなの。子どもにも遺伝する可能性があった。それでも母さんは、あなたを、産みたかったの。ごめんねごめんね、ごめんね。
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