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3
「う……うぅん……」
座卓に突っ伏したまま、手探りでスマホケースを探す。
バイブレーションの低いうなり声が発する振動を頼りに見つけ、顔の前へ持ってくる。
頭が石か鉄の塊にでもなったみたいに異様に重たくて、少しの角度をつけるのも気だるく、きつい。
室内の明るさの感じから、外はまだ暗いようだ。
部屋の照明に目をしばしばさせて、こんな時間にアラームをセットしたっけ、と画面を見る。
スマホに表示される時刻と着信の相手に目が覚める。
「えっ……お母さん? 夜中の二時……?」
通話ボタンを押すなり、ものすごいけたたましい声が耳に飛び込んできた。「もしもしっ、もしもしっ!?」
反射的に顔から離したスマホを近づけなおして「なに……? こんな時間に……」と目をこすった。
「ああぁ〜、よかったあ……」へなへなと脱力する姿が目に浮かぶ声色のあと、私をなじった。「あんた、いったいどれぐらい電話し続けたと思ってるの、もう!」
親が言うには、夕方、私の送ったLINEのメッセージがなにか不穏な感じがして、気になってメッセージやメールを送ったもののまったく返事がなし。心配になって電話しても全然出ず、実家では大騒ぎになってたらしい。たしかに、見たこともない数の通知がある。
お父さんが今、実家よりも近い赴任先から、様子を見にこっちへ向かっているそうだ。大げさな――とは言えない。
私には過去に「前科」があるから。
「――帰っておいで」
「でも……」
「ずっとかどうかはまたゆっくり決めればいいから、とにかく一度、こっちへ帰ってらっしゃい。ね?」
「うんー……」
曖昧な返事で決めかねる気持ちを示す。
昔やらかした件で、こっちへ出てくるどころかひとり暮らし自体なかなか認めてもらえなかった。病状が安定して、お医者さんにも大丈夫でしょうと言ってもらってやっと来られた。実家に帰ったらこっちにもう戻って来れないかもしれない。
私は散々渋ったすえ、最後には説得されて実家へ帰ることにした。
家賃を出してもらってる親には結局逆らえないし、二年住んでみて、この街に私の居場所はなかったんだと思うようになった。病気もちょっと後退してるんだろうなと感じるし。一回、いろいろとリセットしたほうがいいんだ、きっと。
くれぐれも変な気は起こさないように、と耳が酢ダコになるぐらい口酸っぱく釘を刺されて、真夜中の通話を終えた。
電話中もずっと重たかった頭を振る。びっくりするほど自分がお酒くさい。
うーん、と座卓の上へ両腕を伸ばす。
その先端、スマホケースを持つ手を見て、私ははっとした。
「会いに来てくれたんだ……」
右手の甲につけられた、赤いふたつの歯の跡。
小さな本棚の上の写真立てを見上げ、そっと、お礼をささやく。
「ありがとうね、ラテ」
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