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志穂さんの肩がびくんと震えたのが分かった。
目に飛び込んできたのは鏡に映っている志穂さんの顔。
僕はからからになっていた。
僕はどれほど志穂さんを待っていたか。
鏡に映る志穂さんの顔があまりに愛おしくて、幻みたいに思える。
志穂さんは鏡の前のチェアに座っていた。
後ろ姿。
志穂さんは背が高いひとだ。
座っている姿はとても小さく見える。
袖の短い、黒いワンピースを着ていた。
天窓からの陽が降りてきて、志穂さんの髪を光らせる。
僕はシザーケースを外してシャンプー台の近くに置いた。
志穂さんに後ろから近付いて、髪に触れた。
お客さんにするように。
最後に会ったときより髪が伸びていた。
毛先のわずかに軋む感触が胸を痛ませる。
志穂さんはどれほど寒いところにいたんだろう。
志穂さんは口を開いた。
懐かしい、心地よい声。
「時くんに言わなくてはならないことがあるの。」
僕は常々不思議に思っていた。
志穂さんは、泣いたりわめいたりすることは、あるのだろうか。
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