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「ああうん、置いてった。ありがと」
受け取りながら、野木くんが笑う。
……、置いてった? と、いいまし、た? いま?
呆然と見上げたわたしを見返しながら、野木くんがくつくつと肩を震わせながら笑う。
「だってさぁ。真理乃ちゃん教室だと全然話しかけてくれないしさぁ」
いやいやいや。だってあなたが! 無視を! していたから!
言いたいのに、言えない。ただ金魚のように口をパクパクさせてしまう。
「そりゃー声かけらんないっしょ。だって学校だとあんた男の子の格好してんでしょ?」
「あー……そういえばそうかも」
そういえばそうかもじゃなくて! っていうかそこも大問題ですけど! それより!
「せっ……」しゃっくりみたいな音が出る。
「せいかく、違いません、か!?」
ひっくり返ったしゃっくりをそのまま投げつけてしまった。
いきなりの大声に、野木くんは面食らったように黙ってしまうし、その横の女性はヒィヒィと絞りすぎた笑い声を漏らしている。
野木くんは少しの間中空を睨んで、それから腕を組むとこっちをじっと見据えた。
「べつに」
うそつき! と、叫べればよかったのだけれど、もちろんそんな真似は出来ない。
飲み込んでしまった言葉を喉の奥につかえさせたまま、無言で佇むしか出来なかった。
「ていうか俺、学校いるときだいたい半分寝てるから」
半分で済んでいるんだろうか、あれ。
「寝てたらああなるんです、か……」
「脳みそ働かないんだよなー。ってか真理乃ちゃんなんか飲む?」
と、野木くんがテーブルの橋に立ててあったメニュー表を渡してくれた。あ、そっか。お店だもんね、頼まないと失礼だよね。
「えっと……えと」
実は、スタバとかじゃない普通の喫茶店とかカフェって入るのが初めてだったりする。普通は何を頼めばいいんだろう。コーヒー? 苦いのはちょっと苦手なんだけれど。
「あ、指」
メニューを持つわたしの手を見て、野木くんが小さく呟いた。
――あ!
「ご、ごめんなさ……あのっ」
「ううん、塗ったの? これ?」
にこにこしながら、野木くんがマニキュアを軽く掲げる。
「ご……ごめんなさい……あの」
「あやまんないでって。責めてないよ、嬉しいだけ。見せて」
だって、黙って人のものを使ったらただの犯罪者でしかない。
耳まで熱くなる。うつむいたわたしの手を、野木くんはそっと触れてくる。
「あー、いいねー、やっぱ発色きれいだと映えるねー」
野木くんは何やら満足げだけれど、わたしは情けなくって口が開けなかった。
「でも親指だけなんだ。なんで?」
「え。あ……あの」
空の色に思えたから。空を、描きたくなったから。
そんな恥ずかしい台詞を吐けるほど真っ直ぐじゃない。もごもごと「ためしてみたくて」と伝えるのが精一杯だ。
「そっかー。ちゃんと塗ってくれて良かったのに。可愛いし似合ってる」
そんな恥ずかしいこと言わないでください。
自分が情けない。勝手にしちゃったことをそんなふうに言われると、これ以上謝れも出来ないし消えたくなってしまう。
「あ、ごめん。選んでる最中だったね」
「あたしのおすすめはこれかなっ」
野木くんがようやくわたしの手を離してくれたと思ったら、ついっと、ネイルをしたきれいな指が横から伸びてきた。車椅子の女性だ。オレンジに白い花がらの指先が美しい。
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