第二章 FIRE*WORKS

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 その指先は「バタイフライピー レモンシロップを添えて」と書いてある。ばたふらいぴー? ちょうちょ? 知らない飲み物だったけれど、ピー、という音がなんだかかわいい。 「ちょっとすっぱいから、そゆのが苦手じゃなければだけどねん」 「大丈夫です……あの、それで」 「はーい。パパー」 「聞こえてるよ」  パパ、と呼ばれたのはさっきの店主さんらしきおじさんだった。お父さん、だろうか。  ……素敵。仲いいんだ。  店主さんは、入り口脇のカウンターを離れて、こっちに歩いてくる。 「えーと、真理乃ちゃん?」 「あ。はい。片瀬真理乃、です」 「うん、こないだ聞いた! ごめんね、聞きっぱなしで。あたし、大地美鈴。ゼンのいとこです。で、ここは父のお店」 「マスターの大地啓です。よろしくね」  ちょうど通りすがった店主さん――マスターさんがニコッと笑ってくださった。  そのまま、今度はこちら側の奥にあったカウンターへと入っていく。そっか。ここにもカウンターがあるんだ。  こっち側のカウンターは、木で出来ていた。テーブルや椅子と同じオールドウッドの色合いが優しい。カウンター周りにはいくつか写真が飾られてある。カウンターは、理科の器具のようなものから、きれいなグラスまでいろいろ並べられていた。 「あ、あの。すみません、急に来てしまって……」 「いやー、店としてはお客は来てほしいところだけどねぇ」  カウンターからくすくすと笑い声が飛んできた。美鈴さんも笑っている。 「てーかゼンの仕業なんでしょ? ごめんねー、変な子でさぁ」 「俺、別に変ではないけどなぁ」  そこは否定するところじゃない気がするんです。 「えーと、まり……」  野木くんが何かを言いかけて、むぐっと口をつぐんだ。……? なんだろう。  なぞの間のあと、ぱちんっと野木くんが手を打った。ぱぁっと、チークをつけた頬が笑みの形になる。 「まりもちゃん!」  なぜそれを。 「え……あの、え」 「ど失礼すぎん? ゼン」 「ちーがうんだって。そう呼ばれてたろ? 教室で」 「あ。はい……あの、と、ともだちが、そう呼びます」  かおちゃんだけだけれど。 「そうそう。それそれ。音がまるくってかわいいなぁって思っててさぁ、いま思い出した」  にこにこと、野木くんが笑う。あんなに、教室では興味なさそうだったのに。聞こえていたんだ。かおちゃんの声。わたしのあだ名。 「俺もまりもって呼んでいい?」 「ぅえっ?」  またしゃっくりが跳ね上がって転がってしまった。 「ゼン。ゼン。距離感。真理乃ちゃんドン引きアラモードしてる」  ドン引きアラモードってなんだろう。  野木くんはちぇっと唇を突き出してふくれっつらだ。 「だってかーわいくない? 音。まんまるってかんじでさぁ」 「あんたほんっとに可愛いの好きだね」  若干呆れたような美鈴さんに、ゼンくんは満面の笑みでうなずいた。 「うん!」  ――ああ。風だ。今日のはすこし桜色づいているけれど、紛れもなく春の風。野木くんはきっと、そういう人なんだ。  きゅっと、親指を握り込む。つるつるとしたマニキュアの中に感じるざらついたラメ。かちっと爪を鳴らすと少しだけ心が落ち着く気がした。 「はい、お待たせしました。バタフライピー、レモンシロップを添えて」  その風を割るようにテーブルにグラスが置かれた。縦長のグラスには氷と、真っ青な液体。  え。なにこれ、飲み物?
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