第二章 FIRE*WORKS

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「ここFIRE*WORKSはアートカフェなの。んっとね、ようはアート……芸術と一緒にお茶でも飲みましょっていうか。カフェとして利用してもいいし、美術館みたいに楽しんでもらってもいいよってとこ。アートをもっと身近にしたいっていう感じの場所だね。うちはもうひとつ、貸し作業所もやってる。入ってすぐの手前の場所はカフェ利用しながら使える作業台ね。二階もあって、そこは予約制だけど広いからわりと何してもいいよーって感じ」  すごい。本格的だ。  そもそも、普通のカフェにすら入ったことがなかったわたしには、めちゃくちゃハードルが高く感じてしまう。勢いのまま来れてなかったら、たぶん一生来ていない場所だ。 「で、ここがメインの展示スペース。一枚から飾れるから、若手の人とかが自信作を飾ってるかんじ。そのまま購入交渉とかも出来るようにしてる。こっち見るだけならフリーなの。ゆっくりしたければカフェもどうぞ―って感じだね」  そう言って美鈴さんが案内してくれた左側のスペースは、白くてきれいで四角い空間だった。その壁に、隙間を開けていくつもの絵や写真が飾られている。空間の端には、不思議な洋服を着たトルソーもあった。あれも、アート作品ということなのだろう。  大きさも、素材も何もかもがバラバラだ。白黒の写真、切り絵、大きな油絵。どれも、力強さを感じる作品だった。  その中の一つに、わたしは目を惹かれた。足が自然と止まる。  水彩画だ。  縦型のキャンバスは全体の色は暗い。その中に、にじむようにいろんな色の光のような水玉が描かれている。その色の鮮やかさ、背景とのコントラストが美しい。 「これ、好き?」  野木くんだ。 「あ、はい。あの……光のシャボン玉みたいで、背景が暗いのにこんな風ににじんだ色で光を描けるのすごいなぁって……」  的外れなことを言っているかもしれない。言い終えてから顔が熱くなった。でも、野木くんは笑ったりしなかった。へー、と感心したように声を上げた。 「綺麗なのは分かるけど、そういう感想って俺分かんないんだよね。まりもちゃんって絵とか好きなの?」  一瞬、ぎくりとした。  あの朝のことはやはり覚えていないらしい。もしくは、画用紙には気づいていなかったか。 「好きは好き、だけど、詳しいわけではない、です」  美術館にだって年に数回行くくらいでしかない。 「んじゃ好きってことじゃん? てぇか、さっきから気になってたんだけどさ」 「え、あ、はい」 「なんで敬語?」  ……、そういえば、そうだ。言われて気が付いてしまう。たしかに、ずっと敬語で話していた。美鈴さんはともかく、野木くんはクラスメイトなのに。とはいえ、もともと割とそうなりがちなのだ。人とどうやって仲良くなればいいのかも分からないし、距離感がつかめない。 「ため語でいいし、俺のことゼンでいいよ?」 「あっ、じゃーあたしのことはれいちゃんって呼んでー」  いきなり無茶をおっしゃる。  かおちゃんのことをかおちゃんって呼ぶのだって、わたし、実は一か月くらいかかったというのに。反論したかったし、無理ですとも言いたかったのだけれど、ニコニコとふたりが笑顔で……正直圧を感じる笑顔でこっちを見据えてくるもんだから、逃げられそうにもない。 「ゼ……ゼン、くん、と、れい、ちゃん」  いっぱいいっぱいだ。心臓も喉も痛いし、そろそろ熱すぎて耳たぶが焼ききれそうになっている。  野木く――ゼンくんは満足げにニカッと笑って、 「改めてよろしく、まりもちゃん」
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