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全体に塗ってから、それから青。少しだけ重ねる濃さを変えながら塗りつぶしていく。
その時、だった。
カラカラカラ、カシャン!
背後から硬質な音とともに何かが降ってくる気配がした。
驚いて振り返る。
「きゃー、ごめんなさいー!」
「すみませーん!」
悲鳴が二人分、それと同時に色がわんさと降ってきた。
な、なになになに。
坂道を、なにか小さい色の塊がいくつもいくつも転がり落ちてくる。わたしの足元に溜まって、跳ね返る。
驚いて動けずいたわたしのもとに、悲鳴の持ち主だと思われる二人組が坂道を下ってくる。
ひとりは、車椅子に乗って。ひとりはその車椅子を押しながら。押しながら? 引きながら? ゆっくり、坂道を降りてきた。
「ごめんなさい、怪我しませんでした!?」
坂道を下りきって、車椅子のひとが両手をパンッと合わせてわたしに謝ってきた。
少し年上のような女の人だ。ボブヘアがよく似合っていて、くるくるっと大きな目をしていた。
「あ、だ、大丈夫です」
「あー、よかったー! ほんとごめんなさい!」
ほっとしたように、その女性が笑う。それから自分の後ろの女性を向いて、へへー、と可愛らしく笑った。
「無事だったってー、よかったー」
「よかったーじゃないし。下手したられいちゃん殺人犯だったかんね」
「そこまでいう?」
ぷぅと膨れ面になった女性に、車椅子を押していた彼女は言いますとも、と軽く悪態をつきながら、しゃがみこんだ。
「ほんとすみませんでした。このひと、手ぇ離しちゃって」
言いながら、落としたものを拾い出す。
あ、そっか。車椅子のひとは拾えないんだ。
「てて、手伝います!」
慌てて手近な色の塊を掴む。
えっとこれ、は。
「マニキュア……?」
ちいさな可愛らしい小瓶に入った色の塊。ネイルとかにつかう、マニキュアのようだった。
すごい、たくさんある。
手当たり次第にいくつか拾い上げて顔を上げると、拾っていた女性と目があった。
にこっと彼女が微笑う。
大きくやさしい瞳。すうっと通った鼻筋。型よく持ち上がった唇はきれいな赤。肩先をながれていく、サラサラとした焦げ茶色の髪の毛。
き、きれいな人。
年は近いのかもしれない。車椅子の女性よりは年下に見えた。でも、お化粧のせいか、おねえさん、みたいにみえるひと。
彼女が差し出したビニール袋に、拾ったばかりのマニキュアを入れていく。
「ありがとう」
少し低めの心地良い声で笑いかけてくる。
とうめいな春の風が吹いた気がした。
……。
――ん?
一瞬、自分で自分の感覚を疑った。
なんか……違和、感。
ザラつく肌感覚をごまかせなくて、わたしは無言になってしまう。そしてそのまま、彼女を凝視してしまった。
明るい、お陽さまのような表情。色鮮やかな花のような気配を身にまとっていて、全然、白でもとうめいでもない。なのに今一瞬、たしかにあの風を感じた気がする。
綺麗な大きな目。二重でまつげも長い。鼻筋も通っていて、長い首が、襟の詰まったストライプシャツによく似合う。夜空のような色のチュールスカートに、ぺたんこのバレエシューズ。マニキュアを入れた袋を持つ手は、ネイルこそされていないけれど色白で、指先は――
ごつごつ、してる。
違和感が。
募る。
「どうしたの?」
すっとしみ込んでくるような低めの声。心地良い。心地良い、けれど。
……女性にしては、結構低め……?
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