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十二 覆面
「――牙?」
啓が襲われた翌日、坂上家の座敷には、無流の姿があった。
「ええ、鼻から上は目隠しのような覆面で、口元に牙が見えました」
啓と和美は通報の後、医者の診察を受けてから、坂上家で休んでいる。
「俺も見た!……なんでよりによって啓が」
強面の顔を更に渋くしかめると、無流は言いにくそうに、啓を見た。
「それなんだが――坂上くん、君の目は片方だけ赤いんだったな」
「ええ」
「はっきり公表はしていないが……犯人は畸型者を狙っている可能性がある。犯人も同じく、畸型の部位を持っているのではないかと推理されている」
無流は悔しげに、膝の上で拳を握る。啓は和美と目を合わせて、神妙に黙った。
「無流さん!覆面の人物を目撃したという方を、お連れしました」
無流の部下が連れてきたのは、なんとも言えない面持ちの椎名八重だった。
「椎名、お前なぁ。危ない真似はするなと言ったのに……」
長いため息をついた無流に、さすがに八重も申し訳なさそうに切り出した。
「背の高い、多分、男だと思う。誰かが叫んでるのが聞こえて、そこから走ってきた。ぶつかっておいて謝らないから追いかけたんだけど、成金通りの手前で見失った」
八重は座敷に座ると帽子を脱ぎ、真ん中で分けた髪を、ぐしゃぐしゃとかき混ぜた。
「成金通り?あぁ、豪邸の密集地か。お前は何をしてたんだ」
「三毛猫を探してた。ちょっと毛が長めで、かわいい子。最近急に見かけなくなったから」
「あんな夜更けにか?」
無流は特別心配性というわけでもないが、まるで、妹を心配する兄のようだ。
「猫は夜行性だもの」
「三毛猫なんて珍しくないだろう」
「あの、もしかしたら、僕が課題で描いていたのと同じ猫だと思います」
画帳を見せると、八重は激しく頷いた。
「そうそう、その猫!高級ってわけじゃないけど、オスなんだ。三毛猫はオスはほとんどいないからね。狙われてもおかしくない」
八重はいたって真剣だ。
猫の事件と、切り取り魔の行動範囲は重なっているようだ。
「八重さん、もしかして最近この辺りによくいました?」
和美がきくと、八重はまた頷いた。
「じゃあ、八重さんがいたおかげで、啓は今まで襲われなかったのかも。切り取り魔も昼間は犯行に及んでない」
「おい、あんまり調子づかせるな。椎名、とりあえず調書を作るから、署まで一緒に来い」
「はぁい。あ、これ連絡先。猫見かけたら、教えてちょうだいな」
八重は名刺を啓に渡すと、「お大事に」と言って出ていった。
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